大川家と清水家の2011年

清水富美加の芸能界引退・即幸福の科学へ出家の騒動について、側面の家庭環境について考えたいと思います。

マスコミの取材を受けた教団広報の里村は、清水を生まれた時からの信者と伝えました。ですが、赤ん坊がそのような選択を行えるはずがなく、このことはつまり親か他の親族が信者の、いわゆる二世信者ということを意味しています。

親類縁者が、親を差し置いて勝手に信者に仕立てるわけにはいかないでしょうから、最初に誰が信者になったかは別としても、親が信者であることは確かでしょう。

しかし、2011年前後に両親は離婚し、三姉妹の末っ子だった清水は、その後は父親に育てられてきたようです。

そして現在、「死にたい」といって突然仕事を放棄し、音信不通になるほど情緒不安定な彼女が、世俗と断絶した教団の「監視下」において、「ギリギリ」を連発しながら所属事務所批判の宗教活動を展開するのを、なるに任せているのであるから、母親の現在こそ分かりませんが、少なくともこの父親が信者であるかどうかの判断を躊躇う理由はないと思います。

清水が出演した邦画「変態仮面」について、父親が「仕事を選べ」と苦言を呈したのに対し、「ウケた!」と好演を喜んだ母親との対比に、「良心や思想信条に合わない嫌な仕事」という価値判断や表現の根源が垣間見える気もします。


ところで、清水の両親が離婚した2011年前後というのは、幸福の科学の教祖である大川隆法が、それまで教団補佐を務めてきた妻の大川きょう子と、数年の別居のあと、泥沼の離婚劇を経て離婚に至った時期と重なります。

夫の大川隆法の不貞行為から争いが激化し、夫の大川はそれまで美の女神、文殊菩薩の化身と内外に吹聴してきたきょう子を、実は裏切り者のユダでしたとして、罵詈雑言を浴びせる書籍を出版し、さらに信者を動員して「悪妻封印祈願」なる呪詛まで行って教団を永久追放しています。

きょう子の呟き
大川きょう子 係争当時の記録

妻のきょう子も、週刊誌に暴露記事を掲載したり、記者会見などで応戦、裁判の末に妻側が慰謝料を受けて離婚成立。一方の大川は離婚成立後まもなく、実娘とほとんど変わらない年齢の教団女性職員と喜びの再婚を果たしています。

幸福の科学というのは、もともと「家庭ユートピア」というものを理念の主軸にすえていましたが、教祖夫婦のこの醜い姿を目の当たりにして、多くの信者が幻滅し教団を去っています。一方、現在も残っている信者というのは、そんな状況でも大川に従ったビリーバーということです。

千眼美子こと清水富美加は、娘として信者として、両親と教祖夫婦の離婚を、一体どう受け止めたのでしょうか。
認知的不協和をどう処理したのでしょうか。
そのことが彼女に「心の傷」を負わせることはなかったのでしょうか。

何かに拘泥し心を閉ざしてしまえば、外からの声は届きませんが、だからと言って、このような環境で宗教活動をしますと言う彼女を、信仰の自由だからとか、本人が幸せならとかと言う、一見もの分かりの良さは、実はもの分かりが悪いのではないかと、私は思っています。
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