信者を呪縛する幸福の科学の脱会地獄
かつて大川自身が語っていました。
幸福の科学は入会退会自由だと。
しかしそれは、例によっていつもの言行不一致なのです。
今年の初めに、退会届の様式が信者の自由な退会を妨げる内容に変わったという情報が入っていましたが、昨日、週刊新潮の誌上にて、その実態が明らかにされました。


週刊新潮の記事
また、それに呼応して、やや日刊カルト新聞紙上でも、詳しく取り上げられています。

やや日刊カルト新聞
【詳しくは関連記事リンク】
『幸福の科学が信者の自由な退会を禁止に』
こちらが、その問題の退会届の様式(やや日刊カルト新聞より)。

退会に際して、所属の支部長との面談を課し、教団の承諾を必要として、そこでは口封じの宣誓を公然と強要する内容です。
退会阻止が目的であることが見え見えの、このような信者への呪縛強化に対して、カルト新聞には、紀藤正樹弁護士の以下のようなコメントが掲載されています。
「宗教をやめる際、そもそも信者は書面で退会届を出す必要すらありません。口頭でも何でも意思表示さえすれば、法的にも脱会したと言えます。日本国憲法は自由を原則としており、口頭で意思表明するのか書面でするのかも自由。個別の法律で契約時の書面のやりとりを義務付けているケースはありますが、それは飽くまでも例外です。宗教団体からの退会は自由ですから、教団側が定めたルールに従う必要はありません。退会のために文書の提出や面談を要求すること自体が人権侵害であり憲法違反とも言えますが、信者としては、それに従わなければいいだけの話です」
退会職員に対し、大川が罵詈雑言を浴びせる様子は教団初期からありましたし、90年代中盤には、退会しようとする職員に、今回のような誓約をさせようとする動きがあったものの、当事者と教団の間で争いになったりしたこともあり、この頃はまだ、そうした行いについて教団自体が旗色の悪さを自覚できていたせいか、結果的に大して表沙汰にはなりませんでした。
そうした意味で、一般信者に向けた、このような形での退会阻止の取り組みが表面化したことは、いよいよこの教団が終末期に突入していることを印象付けます。
教団の変質の対比として、ここで入会試験があった頃の合格通知と、退会届の受理通知をご覧に入れたいと思います。
当ブログ開始の折に載せていますが、私は2度入会しているので、種類の違う合格通知があるのですが、この様式変更は、宗教法人化を見据えた取り組みのひとつであったと考えらます。

90年前半の合格通知

90年後半の合格通知
そしてこの頃は、退会した際にも律儀に通知を発行していたのです。

当時は退会届自体がありませんでしたが、退会の意志表示をすれば、こうした通知が届きました。そこには、今日の問題の退会届にあるような、信者を委縮させる呪詛に満ちた態度は見られません。
但し、この退会届受理の通知は一度目の退会時のもので、二度目の時には既に発行されなくなっていました。
その頃は、入会試験制度もなくなっていたため、合格通知もなくなり、また無謀な拡張路線への転換から無承諾伝道が横行した挙句、会員の実勢がつかめなくなるという、今日の公称と実態が激しく乖離したバブル宗教幸福の科学の誕生の混乱期に当たります。
私自身は、幸福の科学というのは、その始まりの時点で既に、教祖の大川隆法(中川隆)の宗教妄想に発する、全く信ずるに値しないカルトであったと結論していますが、それでも初期には、少なくとも宗団としては、まがいなりにも誠実であろうとしていたことは確かだったことを知っています。
けれども次第に教祖の本質が支配を強め、全体として有害な反社会的カルトに変質を遂げていったこの現実の中に、カルトのマインドコントロールによる病的Before Afterが表れていると考えています。
幸福の科学は入会退会自由だと。
しかしそれは、例によっていつもの言行不一致なのです。
今年の初めに、退会届の様式が信者の自由な退会を妨げる内容に変わったという情報が入っていましたが、昨日、週刊新潮の誌上にて、その実態が明らかにされました。


週刊新潮の記事
また、それに呼応して、やや日刊カルト新聞紙上でも、詳しく取り上げられています。

やや日刊カルト新聞
【詳しくは関連記事リンク】
『幸福の科学が信者の自由な退会を禁止に』
こちらが、その問題の退会届の様式(やや日刊カルト新聞より)。

退会に際して、所属の支部長との面談を課し、教団の承諾を必要として、そこでは口封じの宣誓を公然と強要する内容です。
退会阻止が目的であることが見え見えの、このような信者への呪縛強化に対して、カルト新聞には、紀藤正樹弁護士の以下のようなコメントが掲載されています。
「宗教をやめる際、そもそも信者は書面で退会届を出す必要すらありません。口頭でも何でも意思表示さえすれば、法的にも脱会したと言えます。日本国憲法は自由を原則としており、口頭で意思表明するのか書面でするのかも自由。個別の法律で契約時の書面のやりとりを義務付けているケースはありますが、それは飽くまでも例外です。宗教団体からの退会は自由ですから、教団側が定めたルールに従う必要はありません。退会のために文書の提出や面談を要求すること自体が人権侵害であり憲法違反とも言えますが、信者としては、それに従わなければいいだけの話です」
退会職員に対し、大川が罵詈雑言を浴びせる様子は教団初期からありましたし、90年代中盤には、退会しようとする職員に、今回のような誓約をさせようとする動きがあったものの、当事者と教団の間で争いになったりしたこともあり、この頃はまだ、そうした行いについて教団自体が旗色の悪さを自覚できていたせいか、結果的に大して表沙汰にはなりませんでした。
そうした意味で、一般信者に向けた、このような形での退会阻止の取り組みが表面化したことは、いよいよこの教団が終末期に突入していることを印象付けます。
教団の変質の対比として、ここで入会試験があった頃の合格通知と、退会届の受理通知をご覧に入れたいと思います。
当ブログ開始の折に載せていますが、私は2度入会しているので、種類の違う合格通知があるのですが、この様式変更は、宗教法人化を見据えた取り組みのひとつであったと考えらます。

90年前半の合格通知

90年後半の合格通知
そしてこの頃は、退会した際にも律儀に通知を発行していたのです。

当時は退会届自体がありませんでしたが、退会の意志表示をすれば、こうした通知が届きました。そこには、今日の問題の退会届にあるような、信者を委縮させる呪詛に満ちた態度は見られません。
但し、この退会届受理の通知は一度目の退会時のもので、二度目の時には既に発行されなくなっていました。
その頃は、入会試験制度もなくなっていたため、合格通知もなくなり、また無謀な拡張路線への転換から無承諾伝道が横行した挙句、会員の実勢がつかめなくなるという、今日の公称と実態が激しく乖離したバブル宗教幸福の科学の誕生の混乱期に当たります。
私自身は、幸福の科学というのは、その始まりの時点で既に、教祖の大川隆法(中川隆)の宗教妄想に発する、全く信ずるに値しないカルトであったと結論していますが、それでも初期には、少なくとも宗団としては、まがいなりにも誠実であろうとしていたことは確かだったことを知っています。
けれども次第に教祖の本質が支配を強め、全体として有害な反社会的カルトに変質を遂げていったこの現実の中に、カルトのマインドコントロールによる病的Before Afterが表れていると考えています。
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