fc2ブログ

人はなぜエセ科学に騙されるのか

「科学にくらべると、似非科学はなんといってもお手軽である。なぜなら、できることなら避けたいような現実との対決は、あっさり回避されているからだ。現実と対決すれば、否応なく比較結果を突きつけられる。議論のレベルも低いし、「証拠」を採用するときの基準をずっと甘い。だからこそ科学よりずっと、一般大衆にアピールしやすいのだろう。」

「だが、こうした手軽さだけでは、似非科学の人気の高さは説明できない。人はさまざまな信念体系を試してみて、それが自分に役に立つかどうかを知ろうとするものである。そして状況が苦しくなれば、懐疑精神などというお荷物はさっさと放り出してしまうのだ。似非科学は、科学が満たしてくれないような、感情面に強い欲求に訴えかけ、人間にはないがゆえに求めてやまない力の幻想を与えてくれる。」

カール・セーガン著「カール・セーガン 科学と悪霊を語る」(新潮社)

カール・セーガン 科学と悪霊を語る

これは、アメリカの天文学者で1996年12月20日 に62歳で逝去されたカール・セーガン博士の生前最後の著作からの抜粋で、単行本であった本書は、その後「人はなぜエセ科学に騙されるのか」(新潮文庫)、「悪霊にさいなまれる世界」(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)と、タイトルを変え文庫版として再販され続けています。

平易な語り口で、含蓄を含んだ言葉が散りばめられおり、理系でなくとも、取りつきにくさは感じないと思います。科学者の視点から、似非科学やニューエイジ思想、宗教などへの徹底した批判が展開されていますが、決して人間的な温かさを失ってはいません。

機会があったら是非ご一読をお奨めしたい、ちょっと贔屓すぎかも知れませんが、きっと座右の書のひとつに仲間入りする名著だと思います。

「驚嘆する感性を大切にして、理由もなく捨て去ったりせず、あらゆる考えに心を開く一方で、証拠には厳しい水準を求めることが人々の第二の本性となったなら―どんなにすばらしいことだろう。そして証拠に求める水準は、大切に思うことだからといって甘くするのではなく、できれば拒否したいことに対するのと同じだけ厳しくしてほしいものである。」
カール・セーガン


事実にこだわり根拠を求める態度は、カルト宗教や似非科学の信奉者ばかりに要求すべきものでなく、そうしたカルトや似非科学を批判する側の、我々のような人間にも同様に(それ以上に)不可欠なものです。

こうした本を読みながら、私は以前より、いずれ宗教家ではなく科学者からこそ、より垢抜けした「神の概念」が説かれる日が来るのではないかと感じることがあります。

そうなると、努力しない宗教家の仕事はほとんどなくなります。
いわんやイタコ教祖などには、地上のどこにも居場所はありません。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

プロフィール

土矢浩士(ハンドルネーム:アルゴラブ)

Author:土矢浩士(ハンドルネーム:アルゴラブ)
セクトの犠牲者である家族と個人を支えるネットワーク
「RSFI MAIKA」代表

日本脱カルト協会
「JSCPR」会員

当ブログへようこそ。
「幸福の科学」の問題を中心に、セクトについて考えていきます。

ご相談等の場合は、リンク先頭の「RSFI MAIKA公式ホームページ」のコンタクトよりご連絡ください。

また、当ブログのコメント欄は非公開設定を選択することができます。悪質な荒らし行為等でない限りは決して公開されませんのでご安心ください。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR