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大川隆法メランコリック本音トークVol.13

大川隆法メランコリック本音トークVol.12に続き、1994年3月に当時の幸福の科学総合本部で収録された大川隆法の談話記録を順次掲載していきます。

本文に表された宗教を隠れ蓑に信者を煽動した社会に対する狂気の自己顕示の企てが、大川隆法とカルト宗教「幸福の科学」の内幕をさらけ出します。

『 大 川 隆 法 の 本 心 』No.27
本心23-2

【ブレーン】
これから戦うと参謀本部、各部門の専門家がいる。西荻時代、ボスコン系のコンサルタント(慶応出身で、当時39歳)で●●という公認会計士がいた。●●は土地を買うべきです、これがいちばん節税になりますと言っていた。コンサルタントは

①宗教は、近いとしたらファッション産業。土地を持たないでやどかりみたいに借り替えていけ。

②職員もそんなにいらない。通信販売でやっているんだから。

③初動期にあまり会員から取りすぎないこと、長く取ることが大事。これは守った。

④これはソフト産業ですから、ソフトづくりに専念しないと危なくなる。

その時の幹部はソフトが大事だというのを理解しなかった。ボスコンからの紹介で個人でやっている。また相談したらいい。不動産に手を出さなくてよかった。●●は35%なら駄目だが、 30%で大丈夫ですと確定申告を出したら、あとで、税務署が来て、伝票を出せと言って差額40万取られた。●●は恥ずかしくなって辞めた。ブレーンがいる。

【ソフト】
ソフト部門はかなり長い間勉強させないと使えない。範囲、範囲で言えばいい。これ一回,話してみて下さい。

弁護士のところも一種のソフト産業。弁護士にも能力の差がある。うちの人も能力あるだろうがキャリアをつけたころは、潰れているだけではいけない。この辺は学会はすごい。池田の秘書は検事に嫁に出して、戦略商品として見ている。総価大学でも、戦略的に練って、いろんなとこに送り込んでいる。それだけに、絞り込んでやらせている。

三菱商事にも毎年創価大学から三人入っている。もう50~60人になっている。戦国的な考え。大作も27のとき参謀室長だった。参謀的なとこを考えておかないと、何かのときにつまずく。ブレーン部門、ソフト部門に金を惜しまずにまずに。

つぎ、松本に脚本書かせるのは、きつくなる。小田の演出も。この辺も戦略的に要因を考え、養成していかないと。採用も、会員にもどんな人がいるか、脚本のところがまだまだできていない。松本の脚本では、 8億はかけれない。

『 大 川 隆 法 の 本 心 』No.28
本心24

【戦略人材】
ブレーン組織をつくっていかないと先行きはない。出版物も戦っていくものをいろいろつくらないと。後手後手になるのを見ていると、まだ戦略人材がいない。ルーチンを回すだけで精一杯。思いつくのでも喜島程度では危ない。才能のある人と頭のすごく切れる人がいないとやっていけない。狭いとこでは、専門家には勝てない。

ジェネラルマネージャーとしては、それを採用するかを考えればいい。国際部門もそうなる。商社マンもそうならないように。ルーチンの人に総合企画させたら潰れる。あと、若い人で10年後の人材。あと、奨学生考えていい。海外研修でこんなに来るなら、一学期終わってでも、試験して、 将来いろんなところに送り込む。

全部職員にしていいというものでもない。各界へ送り込む。あと、司法試験奨学金を2~3人。司法試験は卒業3年で受かるが、卒業しても就職できない。アルバイトしなくて勉強できるようにしてやるとか、こういう手がある。もう天下取りが近づいているから。学会なんかマキャベリズム。善人は本格的な役人にやられている。

官界、法曹界。政界は手ごわい。むしられるから。余裕があれば、いろいろ研究会をつくっていかんといけない。池田も若い学生には直々会ってやっている。特に法曹界とか。彼も30代で始めたから。若い団体なのに学生部が弱いのは困る。

学割も少し考えんといかんかも知れない。 10年たったら使えるから。若者を愛する人がいないといかん。総合本部も、楯の部分を考えないといかん。戦略的には若いのをとっておいた方がいい。先輩がよくないと燃えない。

『 大 川 隆 法 の 本 心 』No.29
本心25
【三菱】
(矢板、林、蔵原、白橋、真杉)
わりに早く来れたね。半年とか一年したらガタガタして来れなかった。社長さん、眠れないかな。

(社長から、人事部長に降りてきたのでスムーズに辞めれた)

内部にもいないの。

(正会員が2名) 。

しっかり育てておいて下さい。ねだやしにしないで、少しは残しておかないと。一万人もいるんだから。この前も800億損失計上で。タイミングよかった。たまたま一月号月刊誌。出版は商社もやれない。利幅が少なすぎるから。でも何も海外との出版は、 90年ごろから始めようとそているが、出来なかった。

(林に)組合専従は優秀なんでしょう。出来の割るのを組合に入れると暴れるから、将来有望なのを入れると服従してくれる。やってきた職業の癖があるからよく見ておかないと。商社も細分化しているから。交渉力はありますか。

(蔵原がいちばん強い。英語で交渉)

駐在経験は松島だけ。国際局はこれから拡張。本気でやったら外務省ができる。事務局も、いちばんチョンボしないとこに入れた。しばらく全体勉強をしてください。

能力の高い人ほど、比較的早いときに失敗する。通常半年以内で失敗する。思いこみが激しすぎて、走って、崩壊すると気づく。センスが外れてないか半年してからわかる。失敗するのは国際局、出版からしやすい。

特に大事なのは、大会社から来たら、親方日の丸発想で、お金はどこかから降ってくると思っている。それと強者の戦略をとりたがる。国際局なんか、小さいとこから起こしていく。個人企業、零細企業、中小企業、大企業へと。国内はこのステップをとった。

タイミングが悪いとポシャル。国内は強者の戦略やりすぎて赤字を出した。国際でもう一回やられるときつい。これはここまでいけるということが大事。その人がいるかが大事。理念だけで、こうすべきというのは危ない。

【人と仕事】
事務局は能力がない人がいると仕事がなくなる。強いと全体が回らない。ほとんど人の問題。いま、セクショナリズムにならないようにチームでやっている。事実上権限は取り放題。能力がある人に仕事が集まる。能力がないと、仕事が出ていく。

国際局が弱いと出版に仕事が行く。指導局が弱いと推進に仕事が行く。指導が弱いと編集に仕事がいく。しょっちゅう動いている。仕事の出来る人のところに仕事が集まる。全体的に推進に集まりかかっていた。あなた方入れて、事務局が挽回してくれると思っている。

現場は推進局が握っているので、事務局はそれより賢くないといけない。秘書局も事務局なくてもやれる。事務局が強すぎると指導局は骨ぬきにされる。指導局が強いと、事務局は、ごもっともですの世界。事務局が強くなってくると、決裁スケジュールを見ながら、この辺早くして下さい、となる。

総合本部だけでなく、全国見ていて、やるべきことやらんといけない。事務局は指令塔だが、指令塔の役割をしたことは歴史上、きわめてまれ。ルーチンを回すのが多かった。理由は、①情報が二次情報、②他局をりょうがするほど賢くなかった。

93年の10月は事務局2名。壱岐、石見。そのときの機能は、決裁書をコピーして配るだけだった。付加価値を生まないので、直接部門へ行った。

【管理部門】
93年11月より管理部門増強にかかっている。いやなようでありながら、ないと困る。全体として、会が停滞したのは、総合本部からへんな指示出して、ピントがあってなくて混乱させたことが歴史上多かった。情報音痴にならないように。

僕のとこも、情報がそんなに集まらない。スリム化した段階で、大事な情報が落ちている。会社と違って、僕自身本を書いている。事務仕事だけではやってないので、的確な情報があれば、正しい判断ができるが、ミス情報だとミス判断をする。それをやると会の一番大事なとこが飛ぶので、まかせている。

【国際局】
国際局は一律指示が危険。まだ国際局の局地戦レベル。初動期は、人がどの程度まで信用できるかを見ないと危ない。協力したいという人を気をつける。利に聡い人、霊好きの人に気をつける。むげにしても、入れ過ぎても危ない。うちの方が拡張欲が勝ると隙が出来てあとあとは異変

【講師能力】
あと、講師能力。蔵原は93年1 1月より活動。特訓しないと失敗する口。頭が良ければ、稟議でマクロを見る。自分でノーハウをつくってためられるかどうか。海外で会員増やすのと普及とは一体。現時会員が増えてきたときの組織はどうするか。韓国訳でも出したら、すごく増えて大変だろう。怖じ気づいてもいけない。

3年ぐらいたたないとピントはあってこない。 1年は1年半だとピピッと来ない。銀行出身も、 1~2年では、 「当行では」と言いかねない。しばらく、前職のが出てくると思うが。

みな、体力はあるだろうね。統一試験も会員の平均割ったら首切られますから。最後は講師能力。海外行くにしても、商談ができませんから。青年部、若手が多いが力が弱くて、何かが間違っていると思う。戦力化しないと。末広がりにならないとまずい。学生部で活動家500人は少なすぎる。どうするか。

【Algorab注】
今回は、大川の組織構想や人事に対する考え方が表れたパートで、特に幸福の科学という宗教ビジネスモデルの根底がよく分かる内容です。

以前に、「教祖の妄想がこれほど大きく広がるには、信じ切った信者だけでなく「ビジネスとして使える」と判断して仕掛けた人間がいると思うのですが、当時どれくらいの幹部が詐欺の自覚があったのでしょうか」というご質問を頂きましたが、その回答になる部分もあるかと思います。

ご質問は、①「宗教ビジネスの仕掛け人の有無」と、②「当時の幹部の詐欺の自覚」に分けられると思いますが、まず①については大川の回想にある通り、慶応大出身で当時39歳の外資系コンサルタントで公認会計士の存在がズバリそれに当たると思います。

この者ばかりでなく、90年代初めは世界的に精神世界や神秘主義の流行があり、その中で「人生の大学院」と称して宗教臭を薄めた初期の幸福の科学のテイストにニーズが生じて、各方面で社会的実績のある人が精神世界の探求を目的として入会してくる流れがあったため、思いのほか人材が豊富であったと思います。

中川青年も東大を出て商社に就職したくらいですから、金融や経済についての知識は相応に持っていたと思います。けれども海外勤務に適応できずに若くして閑職に追いやられた通り、実行力は一定基準以下の絶望的な乏しさであったのでしょう。

そして預言者になるという「逆転」を起こすという、実質的なドロップアウトによって幸福の科学の主宰に収まったネクラで愚鈍なカメは、社会経験豊富で時間と金を持て余したお人好しのウサギたちの神輿に担がれるうちに、次第に小知を蓄えていったのではないかと私は考えています。

大川自身が初期からブレーンを求め、さらに具体的に言及していることから、①については単純明快ですが、②については、いささか検証に困難な部分があります。

立宗当初は、「宗教ビジネス」という言葉が与える否定的印象を変えていくことが、大川隆法が掲げた目標のひとつであり幸福の科学の挑戦でした。「新ビジネス革命」という書籍の中でも、「従来、二律背反するものと考えられている宗教的真理とビジネス倫理とは、本来一つのものであるべきであり、来たるべき未来社会は、神理と経済とを、総合的にとらえてゆく価値観が支配的になるだろう」と述べています。

幸福の生産という名の下に「宗教はビジネス」と公言する姿は、バブル期の当時は新しい価値観として注目され、はっきりとした割り切りを肯定的に捉える風潮すらあったように思います。

そうした観点から②の検証が困難であるのは「詐欺」の定義に関わる部分で、「詐欺」の争点は、その時点(契約等)の段階で騙そうとする意図があったかどうかの立証がポイントになるということからです。

そうなってくると、いかにインチキで如何わしい状態であっても、少なくとも当時は大川も幹部も幸福の科学の事業が予言された救世運動であるという狂信を根拠として行動している点から立証は困難であり、実際のところとしても騙す意図はなかったと思われます。

しかし、それはあくまで当時の話で、現在のように表の顔と裏の顔、言ってる事とやってることの乖離が進んだ今日であれば、詐欺的虚業の尻尾を捕まえる日もそう遠くではないかも知れませんし、我々も日頃からそういう機会の訪れを、虎視眈々と網を張って狙っています。

さて、事業構想や組織論の雄弁さが今となっては空しいばかりで、自慢の「新ビジネス革命」の予言も見事に外れました。そもそも口先だけの大川には、宗教的真理もビジネス倫理もないのですから自ずから成就するはずもなく、わがままで人材が居てもそれを活かしきれない無能さゆえの自業自得と言うよりほかありません。

だいたい「情報が集まってこない」で「ミス判断をする」って、三世を見通す宇宙の根本仏設定にしてはおかしな話です。叱っても本当の事は報告されないまま、この頃から信者数の数字が盛られていても、大川はそれが見えていない裸の王様でした。

また「将来いろんなところに送り込む。全部職員にしていいというものでもない」、「ねだやしにしないで、少しは残しておかないと」などと言っておきながら、結局は「いじまも」から「ネバーマインド」(教団の不登校児支援サークル)、そして「サクセス」(教団の学習塾)、さらに「幸福の科学学園中学高等学校」、最後に「HSU(Happy Science University)」(教団の私塾)と子供を囲い込み、実社会での道を閉ざしておいてゴールデンエイジのへったくれもないでしょう。とにかく細かい詰めが雑で、やることが全く頓珍漢なのです。

初期に集まった人材は瞬く間に流失、相変わらず昔の名前ばかりで、「思いつくのでも喜島程度では危ない」と酷評されたような者が、いまだに要職に就き続けているような有様。若年層の育成に失敗して、高齢化の一途を辿る教団は、ひたすら奇跡頼みでもう活きがありません。

最近の教祖のやる気のなさ、投げやりな言動から察するに、さすがにそろそろ限界を感じているのではないでしょうかね。自己愛的な変質者には耐え難いことですが、自分の居ない未来に託すしかない終末。弟子のせいにして飽くまで自らの愚かさから逃げ続けても、現実は強固なもので、何もかもが遅すぎでした。
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大川隆法メランコリック本音トークVol.12

大川隆法メランコリック本音トークVol.11に続き、1994年3月に当時の幸福の科学総合本部で収録された大川隆法の談話記録を順次掲載していきます。

本文に表された宗教を隠れ蓑に信者を煽動した社会に対する狂気の自己顕示の企てが、大川隆法とカルト宗教「幸福の科学」の内幕をさらけ出します。

『 大 川 隆 法 の 本 心 』No.26
本心22

【版権】
へんにごねられるとコスモテンになりかねない。全部弁護士にまかせる。●●●さんはよく出来るから、うちとしても上手に使ったらいい。筋がいい。弁護士もいろいろ実力があるから。

【弁護士】
フライデー事件のときも、この人のアドバイスに従って収拾したから。「電話、ファックス、もうやめなさい」、こっちの告訴が成立したら、あっちが駄目になる。こちらの告訴を受理させて、向こうの仮処分は却下されるだろうから。営業妨害になったら、捜査されるから。一週間が抗議の限度だ、というので、五日目にやめさせた。

●●●は、刑事部長と同期だったから、すぐに受理させた。安田さんもキャリア半年、佐藤さんも2、 3年。●●●は東京本場で20年。●●弁護士事務所はいいのをとっている。一人除いて、すべて東大在学中に司法試験合格した人。この人もコロンビア大学にまで、弁護士事務所で留学させている。ここはレベルが高い。高いけど上手に使ったらいい。

名誉毀損のとき、着手科200万と言ってきたら、うちの弁護士が高いと言ったが、政治力がある。 格上の弁護士が来たら、検事も違う。ドライで、負け筋は受けない。K杜も値段の高い弁護士を使っている。うちは信仰心はあるが、修行が浅い。フライデー事件のとき、電話、ファックスも会員の自発的意志でやるといったら問題ないが、白木さんがスケジュールたっててやった。

●●●は
①指示書は一切破棄せよ、
②会員には自発的にやったと言わせよ、
とアドバイスしてきた。

普通は分からないようにするが、うちは正直だから危なかった。五日後に修正したが、あそこで失点出したから、受理したが、起訴まで行ってなかった。あれは、商学部出身でなしに、法学部出身が指揮をとってなかったから、知らなかったからだ。だから、どこまで責任取れるか見て、●●●さんに相談したら、僕の考えと一致していた。

そのとき、安田の意見は、判例でいけば、白紙のファックスでなければ大丈夫ですと言っていた。●●●は、業務妨害が成立したら、告訴が受理されなくなると言って、やめれば仮処分が却下されると言っていた。●●●さんが適切にアドバイスしてくれなかったら、 2、 3人放り込まれていたと思う。

本心23

法律の枠の中ではぎりぎりのところで戦っていた。この辺が具体化するときの難しさ。僕は、「法律の枠以内でやりなさい」と言ったが、法律の枠以内がわからない。ファックスのとこは計画の段階で、もう少し詰めたらよかった。あそこのとこをもう少し詰めておいたら、あそこまで逆風にならなかった。手紙、デモは問題ではなかった。ファックスは参謀部分が甘かったから。

あのときは、●●●に結構助けてもらっていた。日刊現代は危なかった。向こうは小さかったから、おびえてしまった。小さいからとりあえず、業務を続けたかったから。大新聞だったら壮絶な戦いになった。

【Algorab注】
1991年9月の「講談社フライデー事件」から来年で30年を迎えます。これだけ時間が経つと世間の記憶も薄れ、教団内でさえ二世や三世の層では知らない人もいるようです。

しかしこの事件は、幸福の科学がそれまでは比較的大きなボロを出さずに済んでいて、今日では信じがたいことながら、一部には好意的な空気感さえ醸成しつつあったのに、そうした状況を唐突にかなぐり捨て豹変し、反社会的な本性をむき出しにして世間を驚愕させた初めての出来事であり、立宗の時点から今日までを貫くこの教団に内在するカルト性を象徴する事実として、正確に記録し語り継ぐ必要があると考えます。

私自身としては、一般会員から総合本部事務局秘書部警護課の職員の一人として採用されて1カ月目に直面した事態でしたので、当時この状況の真っ只中に置かれていた身として、あの日の教団内の狂乱が脳裏から消えることはありません。この期間、東京と秋田を往来し、教団の表と裏に触れて、何よりも大川隆法という人間の虚と実を間近で観察し続けられたことが、若き日の苦い教訓として今日の自分を形成しています。

この事件については、これまでにも当ブログで折にふれ扱ってきました。
発狂するカルト①「講談社フライデー事件」

幸福の科学の奴隷契約

今のところ、第三者でこの事件を専門に扱った書籍等の資料は存在していませんが、概要はフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』の「講談社フライデー事件」にまとまっています。(※編集履歴も確認しながらご参照ください)

また、YouTubeに当時の状況を伝える映像資料がいくつか残っていましたので、合わせてご紹介しておきます。
幸福の科学vs講談社全面戦争!

小川知子 VS 市川森一・山本晋也(上)

小川知子 VS 市川森一 ・山本晋也(下)

小川知子・景山民夫・南原宏治

小川知子・景山民夫 東大駒場祭

さて、このパートの意義は、正しくこれが講談社フライデー事件の首謀者である大川隆法の「自白」であるという点に尽きます。

過去のある裁判において、教団自体が「社会一般の人々は(大川隆法の)“霊言”を信じていないどころか嘲笑の対象」と自虐の抗弁をしたことがありました。私が大川の言うことなど戯言と、これまで一貫して主張してきたことと基本的に変わりはありません。

このことについては、奇妙なことに私と教団の共通認識となっているわけですが、しかし本文は霊言ではないからそうした逃げは打たせません。そして、ここは大川が自己弁護のために他者を貶めなければならない状況でもなく、他になんら強要されない環境下で、調子に乗って半ば得意げに回想する様子から、このパートの真実性は十分伝わることでしょう。

先に記した通り、何より私は職員としてこの状況をつぶさに見聞していましたし、また当時この状況の中にあった多くの脱会者の証言があります。ゆえに、これがまさしく「自白」であると憚りなく言うことができます。

ただし、そのような脱会者の方々でも、当時の目まぐるしく混乱した状況の背後に、このような真相があったことは、この自白によって初めて知るところであろうかと思います。

特に、教団の職員弁護士と外部弁護士の働きぶりを比較した内容が生々しいところで、この大川が相談を持ち掛けた外部弁護士の“助言”がなければ、実質的に嫌がらせに過ぎないダラダラとした抗議行動が続けられていたということでしょう。

あくまでタラレバの話になりますが、もしもこうした要素がなかった場合、講談社内の混乱は継続していたであろう反面、幸福の科学側に逮捕者が生じていた可能性がありえます。そうすると、ある意味では講談社も幸福の科学の双方ともが、結果的にこの“助言”によって第1ラウンドのダウンから救われたという側面があるのかも知れません。

しかし、これは決して仲裁ではなく、いかに相談者(依頼者)のためと云えども弁護士に託された倫理や義務に悖る行為ではないかと思います。古来より「健全な精神は健全な肉体に宿れかし」と囁かれてきた通り、優れた知性を持っていても所詮は人間であるから、こうした人がいるのが世の常であるのかも知れませんが、少なくとも私が信頼する霊感商法対策や脱カルトに取り組む法曹の中には、こうした事について御座なりな態度の方はいません。

このことについては、内心では少々義憤もこみ上げますが、本文はあくまで大川隆法と幸福の科学というカルトの問題を提起するもので、実のところ当文書は90年代中頃にある裁判の取り組みの過程で弁護団の眼にとまっており、その際にこのことについて認識されながらも、当時の主たる目的と直接関りがないことから、何のアクションも取られずにきた経緯もあるので、私も教団職員でもない外部者の行状を今さらここでこれ以上深く掘り下げることはしません。弁護士の所業は弁護士業界の中で淘汰して頂きたいと思いますし、この人に対しては、己の行為が人として真なるものであったかどうか、あとは天に裁かれれば良いと思っています。

さて、この自白を含めて講談社フライデー事件を簡単に総括すれば、大川隆法の短絡的で陰険な思い付きに発し、教団職員のお馬鹿で杜撰な手配りによって焦げ付いたのを、教団外の弁護士の采配によって辛くも回復したようでいて、結局自分たちが仕出かした事は、最後まで逃げ切ることはできなかったといったところでしょう。

「法律の枠以内でやりなさい」などとは、いかにも大川らしい白々しさで、公には後から取ってつけたように報道の倫理を糾すとか大義名分を掲げても、実際のところ、元々は会員個々に自発的な抗議意思などなく、初めからFAXや電話、さらに徒党を組んで社屋へ押しかけるなどによって、次号のフライデーの発刊を物理的な圧力によって阻止せよと上意下達で煽動された集団行動でしかなかったのは、大量の白紙あるいは無意味なFAX、また、夜間の電話に動員され「フクロウ部隊」と名付けられた信者の活動が単なるイタ電の類でしかなかったことなどからも明白であり、講談社と幸福の科学の間の裁判における判決文の中でも完全に看破されています。

インターネット判例集「大判例」
東京地方裁判所 平成3年(ワ)11866号 判決

しかし幸福の科学は、当時から今日に至ってもなお、自ら起こしたこの一連の行動を「希望の革命」だの「宗教の反撃」と位置付けて、独善を貫き一向に反省謝罪の姿勢が見られません。近年でも、当時の講談社社長の野間佐和子氏を得意の“霊言”にしおらしく登場させて、相変わらずマウントを取って悦に浸るようなことまでしています。

私は、大川が結局こんなことをせずにいられないのは、心の奥底では疚しいことをしているという自覚があるからだと見ています。けれども、それは良心が残っているという意味ではなくて、自分の内に何も真実がない空虚な虚言者の、自己保存のための哀れな虚業という見方です。

91年当時の映像の中にも、司会者から事件について問われた際に、のらりくらりと追及をはぐらかす落ち着きのない教祖の姿が記録されています。事件後に警察の任意の聴取に応じた時も、きっとこうした態度でウソをつき通したか或いは黙秘したのでしょう。

幸福の科学 大川隆法vs田原総一朗 初対談!

私とて、フライデー側の報道姿勢や内容を無批判に擁護するものではありません。認知を歪めるカルトの手法を憎むからこそ、正しい理解を求めるのであって、たとえ反カルトのスタンスをとっていても事実に反するものは否定しますし、客観性に欠ける部分も遠慮なく批判します。

教団から各号それぞれに乱発された訴えの中でも、現に講談社側の責任を問われたものもあり、各号の記事の内容については、いずれ別の機会に私なりに細かく検証をしてみたいとも考えていますが、しかしそれがどうであろうと、幸福の科学の一連の行動が正当化されることはありません。

世論を味方にしようなどという甘い目算は初手から外れて、幸福の科学の薄気味悪さを自ら世間の隅々まで十二分に披露してしまいました。事件の詳細は忘れられても、社会に浸透した認識を払拭することはもう叶わぬことでしょう。

けれども、「もしもこの事件がなかったら」と考えたところで無駄なことです。どのみち大川はこうした問題を起こさずにいられないカルト教祖だからです。立宗時点からウソに塗り固められたものは、形を変えてもどこかで時限発火して崩壊せざるを得なかったはずです。

結果を考えず強気に過激な言動に出て、恐れおののき逃げ回る幼稚さ。ウソにウソを重ねて自らを苦しめるだけに飽き足らず、その道ずれに周囲を巻き込む罪深さ。「証拠は破棄せよ」て言われたよって、証拠を残す底なしのお莫迦さ。

ご覧の通り、これが大川隆法クオリティ。
プロフィール

土矢浩士(ハンドルネーム:アルゴラブ)

Author:土矢浩士(ハンドルネーム:アルゴラブ)
セクトの犠牲者である家族と個人を支えるネットワーク
「RSFI MAIKA」代表

日本脱カルト協会
「JSCPR」会員

当ブログへようこそ。
「幸福の科学」の問題を中心に、セクトについて考えていきます。

ご相談等の場合は、リンク先頭の「RSFI MAIKA公式ホームページ」のコンタクトよりご連絡ください。

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