BANされた父と兄~ELBISの歩き方③

幸福の科学の教団施設には、「精舎」「支部精舎」「布教所」などの種類がありますが、「教会」と冠する物件がひとつだけあることをご存知でしょうか。

八万町千鳥教会(外観)
幸福の科学八万町千鳥教会(Googleより)

こちらは四国の徳島市内にある、大川隆法の実父であり教団顧問であった善川三朗(中川忠義)の旧邸宅です。元々は地元の信者で職員でもあったF氏の住居であったものですが、大川の出身地である川島町の自宅から徳島市内の四国本部や鳴門の研修道場に出掛けるのはご苦労でしょうといって、同氏が善川顧問宅として寄進された木造二階建ての一軒家です。私は徳島に顧問付き秘書役として派遣されていたころ、この近所の秘書詰所から毎日この家に通っていました。

八万町千鳥教会(内部配置)

こちらは当時の記憶から内部の様子を示したものです。

書庫とガレージ、また南の庭側の平屋と勝手口などは、F氏から寄進されてから善川自身が増改築したもので、脳卒中で重度の障碍を負い、車いすで要介護の状態となった長男の富山誠(中川力)のために、その時に合わせて一階をバリアフリー化したと聞いています。

川島町の自宅は、君子さんが床屋をたたんだ際に、一階の店舗フロアーを改修して部屋にしていますが、入り口の土間と上り框の段差が高いままで、また畳部屋であったことなど考えると、八万町への移動は善川の活動のためばかりでなく、眉山の麓にあった病院に入院していた富山のケアのためにも必要で、善川にとってF氏からの申し出はさぞ有難かったことでしょう。

しかし、富山がこの部屋で過ごしたのは、一時退院と終末期の僅かな期間だけで、ほとんど帰宅することはできませんでした。

当時の大川は、練馬区関町の豪邸に住んでいて、ワリコー(割引金融債)などでせっせと蓄財に励んでいたくらいですから、両親や兄のためにマシな環境を整える力は充分あったはずですが、両親に捨扶持を与える以外は特別なことは何もせず、実際のところ四国の善川家族を支えていたのは地元の信者たちだったわけです。

田岡病院旧舎(徳島市東山手町)
富山が入院していた田岡病院。富山の介助のために通院する君子さんの送迎も秘書役の日課であった。善川が92年秋に脳梗塞になった時にもここに入院している。現在は移転していてこの建物はない。

10年ほど前に徳島に出かけた際、ちょっと時間を作って見に行ったことがあります。建物の外観は昔のまま変わっていなかったものの、私が居た頃にあったガーレージと庭園(池)が撤去されており、外構のフェンスやブロック塀が取り払らわれて駐車スペースが拡充されていました。

正面に幸福の科学の看板も掲げられていて、集会所として活用されていることは意外でしたが、締め切りの雨戸は砂埃にまみれ、人影はなく寂びれた印象でした。

八万町千鳥教会(北側)
北側外観

八万町千鳥教会(南側)
南側外観

現在の様子を見ると、正面に当時はなかった外構が増設され、また建物の外装が茶色から白色に塗り替えられているなど、その後もそれなりに手を入れられていることに気付きます。

ただし、正面の外構や外壁塗装などの仕上がりが日曜大工的な味わいであることから考えると、教団本部には、この物件に対して金をかけて保全しようとする意志がなく、今日に至っても、あくまで地元の信者の好意で維持されている状況なのだろうと思います。

八万町千鳥宅庭
南側にあった庭(池)
私が徳島を去る前日に挨拶に訪ねた折に撮影したもの

【GoogleMap】
幸福の科学八万町千鳥教会(旧善川邸)


現在、幸福の科学の映画「さらば青春、されど青春。」が上映中です。

大川隆法の自伝的映画という位置付けで、大川家長男や広告塔の千眼美子を投入し、教団として満を持して制作した映画であるにも関わらず、前回より上映館は減少し、例によってチケットばら撒きや、観客動員数を水増しするための「グルグル回転菩薩」など、数少ない活動信者による話題作りの必死の活動も虚しく、世間からは一顧だにされておりません。

自伝的映画と言っても、初期に大川自身が記した回想から著しい変更が加えられ、妄想性の強化から記憶の書き換えがなされたものとして、カルト的にはツッコミどころ満載の出来栄えのようですが、世間の完全に冷ややかなレスポンスからすると、映画があまりにもマニアック過ぎるのと同時に、大川には最早キワモノとしても賞味期限切れな部分があるのかも知れません。

信者を家族に持つ方々からのお話を伺うところ、さすがの信者でも一般客を意識していない映画に不評な者が少なくないようで、動員カウントを増やすためだけに入場して、上映と同時に退席してしまったり、ロビーでおしゃべりしていたりする信者たちよりも、実はアンチカルト勢の皆さんの方が詳しく見ているところが、この映画の本質を物語っていると思います。

【映画レビュー】
幸福の科学映画「さらば青春、されど青春。」を観てきた
①~⑧ネタバレ注意

ブログ「大悟館の黄昏」

私自身は現段階で視聴しておらず、レビューを見聞している状況に過ぎませんが、劇中の父と兄が、死人に口なしとばかり、次男の隆に依存するヘタレキャラのポジションに置かれているようなのは、大川が以前に会員向けに行った講演で語ったことや、四国限定で公開されている霊言のレジュメにあった通りの内容であることが分かります。

私が徳島を去る時、善川は別れ際に「親は大切にしなさい。どこにいても親御さんに連絡を欠くようなことがないようにね」と言っていました。

善川が田岡病院に富山を見舞いに行き、教団の月刊誌を見せた時、富山が「くだらない論考だ。現実と関係ない」と答えたのも見ました。

商社で英語ベラベラのエリートであったとか、女子にモテモテであったとか、既出の情報だけでも簡単に覆せるウソで盛りに盛られていますが、それらのウソの全てが大川隆法の心を腐らした劣等感の裏返しであるとすれば、あくまで父や兄であり続けて、己の自尊心を満足させることのなかった二人に対して、いつまでも憎悪にも似た屈折した感情を捨てられずにいるのでしょう。

「神がかり」から「イタコ」まで、いわゆる霊言というものは、日本においては基本的にトランス霊媒である乙女(生娘)と、聞き役によって成立していた古神道の作法から派生したもので、その名残が巫女と神主というかたちに変化して残ってきたものと考えられますが、この巫女にかかったものの正体を見定める聞き役を「サニワ」といい「審神者」と表記します。

これらの構図が意味することを少し調べてみれば分かるのですが、「審神者」は文字通り神霊を審査するということ。かかってきたものの素性を見極めるために、それを疑い徹底的に議論して、一切妥協をみせないものです。

霊言を中心に据えた宗教として、大川の霊言が始まった状況には、それなりに注目が集まるところでしたが、今回の映画での描写を通じて、大川家の誰一人として「審神者」の務めを果たさぬまま、唯々諾々と安易に礼賛するばかりで、結局のところ大川が経験したという「大悟」なるものが、自己障碍者が陥る幻覚幻聴そのものの状態で、宗教的には極めて底の浅いものであることを露呈させてしまったのは、教団の広報戦略として致命的な大失敗だと思います。

多くのレビューの中に共通する要素としても、初めから観客を置き去りにしているという感想が散見されます。

けれども、とにかく記憶の書き換えを形にして、教祖がただ単に「こうだったんだよう」と言いたいだけの、大川のための映画に過ぎないと考えれば、全編を貫くぶっちぎりの幼稚さも、自ずから明らかなるべしということでしょう。

タダのチケットが簡単に手に入るところに無数に転がっていますが、映画の視聴は一種の苦行になりそうです。全く気乗りしませんが、ある意味仕事なので、映画館かソフト化されてからかでも、とにかく頑張って見なくてはいけません。

映画の描写を叩き台に大川家の真実について語るのは、この目で詳しく見てからにしましょう。

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障碍者を蔑む大川隆法の形態模写

宗教家を自称していても、この男は口先ばかりで、人間の尊厳とか命の尊さとか、一度たりとも真剣に考えたことなどないのでしょうね。

「大川隆法スティーブン・ホーキング博士の霊言」①

「大川隆法スティーブン・ホーキング博士の霊言」②
大川隆法「スティーブン・ホーキング博士の霊言」CM動画より

大川隆法と幸福の科学信者の倫理観は既に崩壊し、やって良いことと悪いことの分別もつかなくなっています。

大川への批判コメント
大川への批判に4000件に迫る共感が集まる

この霊言動画が公開されてからすぐに、多くの批判が沸き起こりました。そのあと少ししてこの動画は削除されましたが、批判を受けて削除したのか、ただ単にCM動画として広告目的を達成したから削除したのかは不明です。甚だ不謹慎でしたと教団が公式に謝罪していないので、反省したわけではないのでしょう。


せりか基金
【関連リンク】
「せりか基金」宇宙兄弟ALSプロジェクト

「筋萎縮性側索硬化症:ALS」(Amyotrophic lateral sclerosis)とは 、脳や末梢神経からの命令を筋肉に伝える運動ニューロン疾患の難病で、日本では現在約1万人、世界で約45万人の患者さんが闘病されており、去る2018年3月14日、76歳で他界したイギリスの理論物理学者スティーブン・ウィリアム・ホーキング博士がALSの診断を受けたのは1963年で、博士が21歳のころ。

ALSが進行すると、意識は正常であり続けるものの、次第に手足の筋力が痩せて低下し、感覚が麻痺することで歩行困難などの運動障害が生じ、また顔の筋力が弱くなってコミュニケーションにも障害を来すようになり、さらに食べ物が飲み込みにくくなる嚥下障害や、横隔膜や肋間筋など吸気に関係する筋力低下による呼吸障害といった4つの症状が続発していきます。

【関連リンク】
日本ALS協会
END ALS

このような状況では、ただ生きることさえ大変なことで、発症して数年で重篤化し生命の危機を迎えることも少なくないのに、博士は50年以上に渡って最先端の物理学を牽引する知的活動を通じて科学の進歩に多大な貢献をし、そして世界中の多くの患者さんに生きる勇気を与え続けました。過酷な運命に腐らず、逆境に負けずに科学者として誠実であり続けた姿は、人類の教師と言ってよい人物ではないかと思います。

それに対して大川隆法など、自らは大悟した宇宙の根本仏として「人生は一冊の問題集」だなどと偉そうな御託を並べながらも、自分を認めない世を呪い、批判者を悪魔として自らを一切省みることをせずに、自分の問題集を放り出して人生を落第した狭量で恨み節ばかりの人間の屑にすぎず、比べる土俵に登らないほど著しい雲泥の差があります。

今回のような障碍者への蔑みが生じる背景には、教義上表向きには、たとえ器質的な疾患や障害によって自我の表現を妨げられていても、人間の本性である霊(魂)はミニチュアの神として、あくまでその実相は健全だと宣いつつ、実際のところは病気や障害を悪霊による霊障や前世のカルマなどといった独善的な価値観によって解釈し、簡単に対象者を見下げて切り捨てるような他のカルト宗教にも共通する幸福の科学の風潮があります。

また、「宇宙は科学で説明でき、読み解くのに神は必要ない」「(ビッグバンは)神に点火してもらう必要はない」といった生前の博士の発言から、自らを造物主と信じてやまない大川隆法にとっては、それが聖霊への不敬として無間地獄行きの査定になっている部分もあるのでしょう。

幸福の科学のように地獄行きとはでは言わないまでも、博士の発言に対しては、既成宗教界からも批判が噴出していました。自分たちの神の概念にそぐわないからといって、理性的に本質を理解しようとする知的誠実さを欠いて、脊髄反射的に過剰な反応を示す宗教者の態度は実にみっともないものです。

スティーブン・ホーキング博士
スティーブン・ウィリアム・ホーキング博士

人は何を信じているかではなく、何をしたかだと、私は考えます。
さらに、単に何をしたかでなく、何のためにしたかだと。

そうした意味で、博士こそ宗教的な人格者のひとりであったとさえ思います。きっと博士は言下に否定されることと思いますが。

教団の失策は大川隆法案件

ELBISプロジェクトによる幸福の科学の観測が始まって約5か月が経過しました。当初は僅か半月で劇的な減少が確認されましたが、その後は表向き大きな変化は見られません。

統廃合推移(ELBIS)
ELBISプロジェクトより

この賃貸物件を中心にした支部の統廃合の動きは、単なる組織の再編成ということではなく、各方面から収集した情報を整理した結果、肩たたきを含めた職員の大規模な配置転換と、一般職から役職者まで全職員の本俸と賞与の削減、さらに交通費などの実費弁償的な手当の抑制や、現場での経費支出の決裁単価の下方修正までに至るという、教団財務の苦しい台所事情を背景にしたものでした。これほどの激しいリストラは、91年の大伝道失敗とフライデー事件という2つの失策によって生じた財務危機以来のことです。

当初は急激に推進されたリストラも、この事実をELBISプロジェクト等によってすっぱ抜かれたところで失速してしまったようですが、支部の統廃合については、教団所有の精舎と同じ住所に支部の登録を移して表示上の支部数の減少を印象付けないように工夫しながら、裏でコソコソと賃貸物件の処理を進めるといった動きが確認されています。

こうした朝令暮改の右往左往した様子は、教団の切羽詰まった状況と、なにより教祖の落ち着きのないパーソナリティそのものを感じさせます。実際、教団拠点に関わる決裁について定めた文書には、こうした統廃合が教祖案件である旨を指示したものがあります。

94.8.25拠点決済関係文書
94.8.25文書

御覧の通り、もともとの新規拠点開設、統括支部の設置、支出を伴う移転のほか、この時から閉鎖、統廃合すべてが教祖案件となることが明確に指示されています。したがって現在の統廃合の動きも、当然に教祖の指示のもと始められたものであり、外見を取り繕うみっともない方針も、教祖の意思決定を得たものと考えて差し支えないでしょう。

かつての大伝道期に、信者が自腹を切ったり、時には支部で資金を捻出して、自宅の住所に“様方”をつけるかたちで他者の名前を登録し、伝道実績として申告するという無承諾伝道が横行したことがありましたが、こうしたいかにも幸福の科学的で姑息な手法は、上から下まで同じく、今も昔も変わりがありません。


そもそも、統廃合に迫られるほど支部を異常に増殖させた張本人は、教祖の大川隆法自身で、遡ると2002年頃より始まった支部精舎建立の流れの中で、2005年に掲げられた200支部精舎の建立計画(フューチャー・エクスプレス型計画)に端を発し、さらに幸福の科学的な発展繁栄の理念による布施集金のスキームに原因があるようです。

この辺の事情に通じた方に教えて頂いたところ、それは「分光」というもので、支部精舎建立というニンジンをぶら下げて地域や個人どうしを競わせ布施の勧進を促進し、支部精舎を建立できたら、次は「分光」として新たに信者を分けて、もうひとつ拠点確保させるまで搾り切るという悪辣な収奪が行われてきたことが分かってきました。

教団理事で大川家次男の真輝が「この20年、活動信者が増えていない」と言ったように、教団は実質信者数が公称に遥かに及んでいないことを分かっていながら、架空の信者数を根拠として「分光」し、無意味な拠点展開を繰り返したのは、結局のところ、「分光」が信者の財布の紐を緩ませる資金調達に都合の良い理念であっただけとしか考えられません。

幸福の科学のへの風当たりが厳しさを増す中で、布施回収という目的を終えて膨れ上がっただけの拠点を、教団延命のために、ただただ処分しに走っているのが今日のリストラの実相ということなのでしょう。その根本的な問題は、教祖の大川隆法の奇行や反社会的言動などに原因があることは疑いようのないことです。

先の文書にもその要素が見えます。当時杉並支部近くにあった西荻研修ホールについて、大川は「対コスモ戦略」という認識でいたわけですが、ここに記されているコスモメイト(現ワールドメイト)対策の実態とは、以下の文書に示されている通りの、初期脱会者である原、関谷両氏への嫌がらせ怪文書撒き同様のゲリラ活動を意味しています。

1994.3.1大川講和レジュメ①
1994.3.1大川緊急講話文書(紀尾井町総合本部)

杉並支部1

杉並支部2
怪文書をバラ撒くゲリラ活動の拠点と指示されていた杉並支部

また、同文書の中には91年に教団への社会的評価を著しく落とさせたフライデー事件の舞台裏についての大川自身による語りもあります。

1994.3.1大川講和レジュメ②
1994.3.1大川講和レジュメ③
1994.3.1大川緊急講話文書(紀尾井町総合本部)

当時会員で、また中野富士見町でのフライデー攻撃決起集会に動員された方々などには、これが大川発令の教団挙げての行動であったことは分かっていますし、電話・FAX攻撃の開始と中止等の指示が、確かにこのような経過を辿っていたことは記憶にあることと思います。しかし事件後の警察での任意聴取の際には、大川は「会員が自発的にやったこと(私は指示していない)」と、この弁護士のアドバイス通りに責任回避の逃げをうっていました。これが大川隆法、幸福の科学というカルトです。

幸福の科学に限らず、カルトの事件の検証の過程では、信者の暴走として教祖無罪論の可能性が語られることがあります。正確な事実の把握のために、そうした姿勢は否定しませんが、信者を統制できなければ、そもそもカルト的グルイズムが成立していないのであって、教祖が示す教団の方向性に異論や苦言を呈する者から自ずと粛清されていくわけですから、残るのは、主体性を喪失して自己保身のみに小ずるく長けた教祖マンセーの人材のみとなり、教祖の独裁体制が強化される一方となるのがカルトにおける自然の流れとして、教祖無罪論というのは現実的には無理筋の弱論だと考えます。

私腹を肥やす一部の幹部職員らを免罪する気は毛頭ありませんが、少なくとも幸福の科学においては、基本的に全ての事象が教祖の大川隆法に振り回されてきた歴史であり、幸福の科学の最大の失策というのは、大川隆法の存在そのものに尽きるといって良いでしょう。

淫祠邪教 #幸福の科学

幸福の科学信者らの、ごく普通の日常を扱ったドキュメンタリー映画「ゆきゆきて、地球神軍」(成田天音監督作品)は、2018年度大阪芸術大学映像学科卒業制作展「DFA2018」の学内展において、本来であれば無事に上映を終えていたところでしたが、公開直前になって、繰り返し執拗に仕掛けられた幸福の科学側からの恫喝的圧力によって、無念にも上映中止に追い込まれました。

黒塗りパンフ

「DFA2018」の学外展は、3月3日(土)と4日(日)に開催されますが、そこでも同作が上映されることはありません。カルト宗教の暴力的エゴイズムによって、大学の正当な教育研究活動が阻害されるという異常事態の発生。同作の箇所が雑に黒く塗りつぶされたパンフレットは、突然カルト宗教からの狂気に晒された大学関係者側の混乱ぶりを物語っています。

スラップ訴訟に象徴される通り、普段から威圧恫喝を得意とし、これまでも不都合な敵対者を黙らせようとしてきた幸福の科学ですが、今回もいつも通りのパターンで迫ったところが、不意にニュースとして取り上げられてしまい、そして教団への批判が高まってくると、今度は苦し紛れの主張を強弁して、自己弁護を謀ろうとしています。

BUZZAP
【関連記事リンク】
「幸福の科学、教団を描いた学生のドキュメンタリー映画「ゆきゆきて地球神軍」に訴訟をちらつかせて上映中止を要求」

J-CAST
【関連記事リンク】
「学生制作の「幸福の科学」映画、上映見合わせに 大学側と教団側の説明とは」

カルト脳は、善と悪、理想化と脱価値化といった極端な二分法を特徴としており、自分たち認めなければ即ち敵なので、こうした批判には過剰な態度を示すのです。

幸福の科学側の、「上映中止など求めていない」や「法的措置などとは言っていない」という主張は、今後このカルト教団のウソを暴く言質になりますので、しっかりと記録に留めておく必要があります。

また、肖像権やプライバシー権の侵害等で違法性や不当性も主張していますが、著名人のパブリシティ権を侵害し、そのキチガイ霊言を生業にしている連中の、これら盗人猛々しい物言いは、まさに「カルトにも三分の理」と言ったところでしょう。

大川イタコ霊言とは1
大川イタコ霊言とは2
【YouTubeリンク】幸福の科学 公式チャンネル
「霊言ってナニ?」

死者、生者を問わず、何かにつけて節操なく出版される幸福の科学の霊言本は、御覧の通りの、呆れるほど開き直った奇矯な論理で衆目に晒されているものです。

そもそも“霊言”というのは、もともと生命の死後存続、個的存在の永続性というテーマの中で、その客観的証明を目指した「スピリチュアリズム」のアプローチの一環として定着したもので、とりあえずその真偽は別としても、英国を中心に、少なくとも真摯な姿勢で取り組まれてきた歴史がありますが、イタコ芸と揶揄されるような、大川隆法が乱発する単なる戯言レベルの“守護霊霊言”を、「本人以上のホンネ」などと嘯く幸福の科学の不真面目な態度は、霊的世界の存在証明以前の、全く検証に値するシロモノではなく、著名人のネーム・バリューに便乗した、浅ましい話題作り以外の何ものでもありません。今や宗教の価値を貶めるものは、無神論者でも唯物主義者でもなくカルトなのです。

パブリシティ権の侵害
幸福の科学によるパブリシティ権侵害の一例

“霊言”に扱われた著名人にとっては、パブリシティ権の侵害であり、また教団関係者と錯誤されることを含め名誉棄損でもあると思いますが、現状このことについて殆どの方が黙ったままで、公式に抗議を表明したケースは稀です。

こうして無視を決め込む方々が多い理由は、 『霊言本に書かれていることは特殊な宗教論争であるため、幸福の科学信者以外で信じる人はいない』 と判示されて、大川隆法に対する名誉棄損の訴えが退けられた経緯があるからでしょう。そんなことでは「金持ち喧嘩せず」で、ハエや蚊に等しきキワモノ過ぎてマトモな批判の対象にすらならない程度の、気味の悪いカルトなどと関わるだけ損と考えて無理もありません。

【関連記事リンク】
「有名人の守護霊インタビュー本が名誉毀損にあたらない理由」
「最近『手塚治虫の霊言』という頭の痛い本が出版された」

しかし、カルト相手に沈黙は美徳ではありません。甚だ迷惑を被っている方々に向かって、それが罪とまでは言えませんが、人間の尊厳と権利の侵害という重要な問題に対する、著名人としての社会的責任という観点から、「不愉快である」とか「キモチ悪い」とか、或いは「馬鹿らしい」という程度でも良いので、何らかの抗議の意思表示はして頂きたいところです。なぜなら、その沈黙は、幸福の科学のようなアホカルトのキチガイ教祖や、その哀れなビリーバー達の歪んだ認知機能では、「承認」や「支持」と変換され、その行為を増長させることに繋がるからです。

最も良くないのは、中途半端に弄ることです。現に歌手の和田アキ子が、TV番組内で自分を扱った大川霊言を面白半分に弄ったことが、教団内ではすぐさま自分たちが認められたものという認識になって、信者同士の間で相互に肯定感を高める道具にされ、妄想性を強化させる結果になっています。

軽率で中途半端な弄りは、誤ったメッセージとなりカルトを調子づかせます。ですから、はっきりと不快感を表明するか、もしも弄るのなら、勘違いの余地を残させないよう徹頭徹尾コケにして、完膚なきまでに笑い者にし、自分達が日本のHeelであることを骨の髄まで分からせてやるくらいでなければダメです。

調子こいたカルトは、その行為に抑制が効かなくなり、以下のようなことまでし始めます。

不敬を働く淫祠邪教
ダイアナ妃霊言
大川隆法の不敬の数々

このダイアナ元皇太子妃の霊言に対しては、現地メディアでも取り上げられています。
大川隆法と愉快な仲間たちは、海外のメディアに取り上げられるだけで、内容も知らぬまま単純に喜ぶ能天気な人種ですが、こちらの記事は、英国らしい皮肉のこもった批判記事になっています。当然でしょう。

Mirror
【関連記事リンク】
Mirror Online
「ダイアナ元皇太子妃の死から20年、サイキックによる奇怪な『寂しい魂へのインタビュー』が出版される」
「Bizarre 'interview with Princess Diana's lonely spirit' 20 years after her death released by 'psychic'」

「幸福の科学教祖大川隆法によるダイアナ元皇太子妃のスピリチュアル・メッセージ。海外の評価『これは元皇太子妃ではない』」

ちなみにマスター大川の霊言など、Happy Scienceの信者以外で信じる人はいないのは海外も同じで、信者から献本されたらしき方のレビューもありました。

海外レビュー1
「This book was gifted to me. It is by far the worst book ever. The author should be EMBARRASSED at this pathetic attempt to make money off the late Princess Diana. Her speech patterns, vocabulary usage, sentence structure - everything screams that it isn't her. This is either a ridiculous hoaxer trying to swindle people out of money, the author is completely dilusional, OR it's simply not Princess Diana. Save your money for a decent read. Don't bother with this rubbish.」

海外レビュー2
「贈り物でもらったので読みましたが、最悪の本でした。この本の著者は、ダイアナ元妃を利用してお金を儲けようなどという残念な姿勢を恥じるべきです。話し方のパターンやボキャブラリーの選び方、言葉の組み立て方など、何もかもが『これは元皇太子妃ではない』と訴えています」

「とにかくこれはお金を騙し取るためのふざけた詐欺か、著者の頭が完全に妄想でやられているか、たとえ霊言だとしてもダイアナ元妃とは全く別人のものであるとしか思えません。お金を使うなら、もっときちんとした内容の読み物を買いましょう。こんなゴミのためにお金を払うことはありません」(和訳:HN水木しげる氏)


こうして公序良俗を害し、人の尊厳を辱め、宗教の価値を貶める幸福の科学の大川隆法の所業は、国内に留まらず、いまや海を越えて国益を損なう域に至っています。幸福の科学など、宗教を隠れ蓑にした社会に仇なすチンピラ集団に過ぎません。

平成14年11月8日、最高裁第二小法廷では、名誉棄損のスラップ訴訟を乱発する幸福の科学に対して、それらを批判的言論の威嚇を目的とした「訴権の濫用」と断じたうえ、こう判示しました。

「宗教法人及びその主宰者等は、法による手厚い制度的保護の下に、人の魂の救済を図るという至上かつ崇高な活動に従事しているのであり、このような特別な立場にある団体ないしその責任者は、常に社会一般からその全存在について厳しい批判の対象とされるのは自明のことというべきであろう」

この言葉を受けて、以前に別の記事で結びにした言葉を、ここで改めて使います。

宗教法人「幸福の科学」及びその主宰者「大川隆法」は、甚だ「人の魂の救済を図るという至上かつ崇高な活動に従事」しているなどとは言い難く、明らかに「法による手厚い制度的保護の下」に置かれるべき価値を微塵も具備していないと。

BANされた元本部~ELBISの歩き方①

布教所というのは、地域密着の身近な伝道拠点として、信者が自宅一室等を提供するかたちで運営されるもので、教団から布教所の認定を受けた証の看板なり、布教所型エルカン像を設置するなどして初めて銘打てる幸福の科学の拠点形態のひとつで、精舎(正心館)、支部精舎の下位に分類されるものです。

教団初期の拠点表示と比べれば、各地方本部を精舎(正心館)と呼ぶようになり、各支部統括事務所が支部精舎となって、地元の信者(チーム)の溜まり場が布教所にあたるということでしょう。

Google mapを入念に見ていくと、たまに「幸福の科学〇〇布教所」という表示を見かけることがあると思います。上記の通り、これらは基本的には個人宅であるので、現状ELBISプロジェクトの追跡対象外の物件になりますが、東京都杉並区本天沼3丁目1−1にある「幸福の科学天沼布教所」については事情が異なり、幸福の科学の黒歴史の1ページを飾る“いわくつき物件”として、施設一覧に掲載して頂くことにしました。

天沼布教所(元聖務統括本部)
天沼布教所/東京都杉並区本天沼3丁目1−1

ELBISプロジェクト施設一覧「非公開施設等」


この外観を見る限り、1階のフロアーだけが布教所と思われるかも知れませんが、実はこの4階建てアパート全てが幸福の科学の物件です。

このアパートが教団の拠点のひとつになったのは1991年のことで、かつてここは「聖務統括本部」という建物にそぐわない仰々しい名前が冠されていました。1階こそ店舗事務所型のフロアーですが、2階以上は各階1DK(UB付)が2部屋ごとのただのアパートです。

聖務統括本部
91年当時の光の総本山が今や見向きもされない布教所に

91年の後半に大伝道バブル崩壊やフライデー事件で教団財政が破綻しかけるまでは、職員の福利厚生は比較的堅実に施されていて、本部総務部の拠点開発の職員によって、いくつかの独身寮なども準備されていましたが、但しこの物件はそうした寮として準備されたものではありません。

この物件は、幸福の科学が宗教法人格を取得しようとした際に、その体裁を整えるためだけに用意されたものなのです。

幸福の科学が宗教法人格の登記を備えるにあたって、その主たる所在地としたものであるにも関わらず、実際のところ宗教法人の審査が行われていた時期に約2週間ほどの間だけ、当時の紀尾井町の総合本部から事務机と事務機器を持ち込んで、ここで仕事をしているフリをしただけで、それ以外に実質的にここが教団の拠点として公式に重要な機能を果たしたことは一度もなく、今や精舎や支部精舎よりも下位の布教所扱いという寂しい顛末です。

当時、紀尾井町の総合本部も、もともと「幸福の科学出版」で契約していたのに、勝手に宗教団体本部として運用していたことで、ビル管理会社から契約違反で立ち退き要請されるなど揉め事を抱えていて、そのような状況下で急ピッチに進められていた幸福の科学の宗教法人格取得の取り組みが、いかに付け焼刃的でイイカゲンなものであったかということを象徴する物件と言えるでしょう。

(※フライデー事件の際、当時中野富士見町にあった関東本部(オリンピックビル)が中心とされたのは、信者を集められるフロアーがあったことの他に、上記の都合から紀尾井町を騒動の中心にしてしまうと、決定的にヤバいという事情があったためです)

元「聖務統括本部」、現「天沼布教所」は、現存してはいるものの教団の正史からBANされた拠点と言えますが、非公式には少し活用されたことがあります。

91年秋のフライデー事件の最中、信者に対して講談社攻撃を扇動しておきながら、自らは練馬区関町の邸宅に戻らずに「ホテル西洋銀座」にずらかっていた大川でしたが、数日でマスコミに嗅ぎつけられてしまったため、その後ほんの一週間ほどの間ですが、このアパートの4階の部屋に潜伏していたのです。

ホテルと違って食事は出ませんので、給仕は当時のこのアパートの管理人をしていた教団情報局の佐竹の細君と、階下に泊まり込みの秘書部の職員で手分けして行い、私も山田(愛染)美星氏と「カレイの生姜煮」を拵えて運んだ記憶があります。

天沼布教所側面入口

川島の生家近くでは「主が落ちたドブ川」が信者の参拝スポットになっているようですが、そうした意味では、こちらも「主のフライデー事件時の潜伏先」として聖地になっても良さそうです。

ちなみに、このアパートの入り口の階段は段差が若干急で、大川は短足のくせに急いで歩くものだから、この階段を踏み外して転んで手を付き、あわや顔面を強打しそうになったこともあります。信者にとっては「主が転んで手を付いた階段」ということになりますね。
プロフィール

アルゴラブ

Author:アルゴラブ
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私もペンとネットの力を信じ、「幸福の科学」を手掛かりに、カルトの問題について考えていきます。
脱会を迷われる方は、下記の記事カテゴリSuggestion の「脱会に必要なもの」をご覧ください。

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