森友学園と幸福の科学学園

森友学園の問題でワイドショーは連日の大騒ぎです。

森友問題構図

こちらは上記のアカウントの方が整理された森友問題の構図です。
テレビのワイドショーなどに見られる奇をてらった紙芝居風のフリップよりも、シンプルで見やすい出来栄えかと思います。

ここに示される、政治家の圧力や役人の恣意的な私学審議会運営、また校地に関わる疑義などの設置認可に関わる問題。そして、独善的な世界観の刷り込み、さらに生徒の虐待という教育の質にかかわる問題などは、正に幸福の科学学園の問題そのものでもあります。

毎日新聞は、2017年3月3日の社説で、森友学園の教育内容を「洗脳」という言葉を用いて厳しく批判しました。

毎日新聞社説

【記事リンク】
「森友学園 教育機関と言えるのか」

「政治について理解する力が身についていない幼児に、大人の思想を押しつけるのは教育ではなく、まさに洗脳である」

「子供の健全な成長に影響を及ぼしかねない深刻な事態だと受け止めなければならない」

幼稚園と高等学校という違いで黙認されているのでしょうか。
幸福の科学学園にいるのは幼児期から信者家庭で躾けられた二世信者で、普通の高校生とは言い難い集団です。それが公教育を隠れ蓑に、個人崇拝の洗脳を受けている状況にはお構いなしであるのは、いかなる違いによるのでしょうか。

それは結局、政局にかかわりがないからでしょう。
森友学園と同質の問題を抱えながら、幸福の科学が、さらにはカルト問題そのものが、依然として政治的に見捨てられた問題だということです。

毎日新聞の社説に私は同意ですが、一方で大手マスコミが「洗脳」という言葉まで使うのであれば、宗教がらみだからと逃げ腰にならずに、他の問題にもしっかり切り込んで一貫性を示してみせて頂きたいものです。


ところで、森友学園の問題については、明日23日に同法人の元理事長である籠池氏の証人喚問が予定されています。

ここ数日は、安倍首相からのものとされる100万円の寄付金について、紙ベースの証拠の評価をめぐって推測、憶測が乱れ飛び、オルタナ・ファクトになっています。

確かに不可思議な取引であることには違いはありませんが、田崎史郎とか山口敬之はじめ様々な仰々しい肩書のコメンテーターの多くが、実は会計処理のイロハや、犯罪収益移転防止法への無知を晒していることにお気づきでないのが滑稽です。

一般社会人で実務経験のある人には簡単に分かることなので、いちいち突っ込むのも面倒なくらい、冷めた目で見ている人が少なくないと思いますが、そもそも事実に先立って推理しても無意味であって、これらのことは、該当年度の資金収支元帳、総勘定元帳、周辺会計の帳簿、または関係者の口座記録など精査すれば済むことです。

寄付の件など問題の本丸ではないのですが、しかし、逆にだからこそ、お昼のワイドショー程度の主張が独り歩きしているような現状で、与野党それぞれ証人喚問の準備はホントに大丈夫なのか疑わしくなります。

安倍昭恵氏とあえば直道
あえば直道と安倍昭恵氏
トランプ当選直後、共和党顧問と詐称する「あえば」とのツーショット
内閣府の夫人付職員を使って自ら招いた会食の様子


私は、この夫人の自覚のなさ、軽率さが根本的な問題ではないかと思っています。
籠池氏の答弁によっては昭恵氏の説明責任も生じることになるでしょう。そもそも違法性のない寄付だったのに、「記憶がない」のか「やっていない」のか、偽証がからめば違法となりかねなくなりました。
スポンサーサイト

人を殺せし人の哀しみ

平成7(1995)年3月20日
仕事で訪問した方の家のテレビに、地下鉄の地上出口付近に集まる多くの赤色灯と救護所の映像が映っていました。

そこは、ちょうどその日、同僚が出かける予定だった付近でした。お客さんのご厚意でお電話をお借りし、会社に安否確認の連絡を入れたところ、同僚はたまたま予定よりも早く行動しており、その時は既に帰社していたところで、結果的に無事ではありましたが、予定通りの行動であったら巻き込まれていた可能性が高く、数時間前に通過した場所の惨状にショックを受けていました。日常の中に、突然異常事態が飛び込んできた日です。

多大な犠牲者を出したオウム真理教による地下鉄サリン事件から22年。当時からオウム真理教の問題を追い続けている江川紹子氏の記事があります。

江川氏記事
【記事リンク】
彼はどのようにして地下鉄サリンの実行犯になったか

「彼はどのようにして地下鉄サリンの実行犯になったか」と題する記事の中で、元々は分別のあったはずの若者たちを、無差別大量殺人の実行に向かわせてしまった心の変化の過程を、こう紐解いています。

「どんなに非現実的なことであっても教祖が言えば、信者はそれを現実的なものとして受け入れるのがオウムだった。無意味なことでも、教祖の考えならば崇高な意味があり、それが分からないのは自分のレベルが低いからだと、信者たちはそれ以上深く考えようとしない。「グル(師)の意思」は、信者にとっていわば思考停止ワードだった。本件も、実行犯に教祖の指示を伝えた教団ナンバー2の言葉から、誰もが「グルの意思」と信じた。」

去る3月18日発行の「新潮45」には、幸福の科学の問題を追う藤倉善郎氏が「幸福の科学 その「洗脳力」の研究」という記事を寄稿しています。

新潮45 2017.3.18

その記事の中でも、「先生には深いお考えがあるに違いない」というかたちで、信者が自己の内面で生じた疑念を悪魔の囁きとして抑圧し、思考停止する過程が指摘されていますが、麻原彰晃と大川隆法、教祖や教団の性格の違いこそあれ、そこにはカルトに共通する人格変貌のメカニズムが示されています。

この二つの記事は是非とも御覧頂き、記録に留めて頂きたいと思います。

江川氏の記事中では、サリン事件の実行犯の一人である広瀬健一死刑囚の手記も案内されています。

広瀬健一死刑囚手記

丁寧な59枚に及ぶ手記は以下のリンクから御覧頂くことができます。
自筆の訴えに直接触れてみて下さい。

【広瀬健一死刑囚手記PDFリンク】
「カルトへの入会を防止する手紙」

私の中には、警察官か刑務官か、どういった方の言葉だったか今は思い出せないのですが、ひとつの言葉が沸いてきました。

「人を殺せし人の哀しみ」

命を奪われた方やそのご遺族、また現在も様々な後遺症に苦しむ方々とそのご家族、そうした被害者の方々にとって、いくら憎んでも余りある加害者であることには違いないとしても、彼らもまたカルトの被害者であることも理解しなければ、こうした凶行を繰り返させない社会を目指すことはできないと思います。

苦すぎる教訓を活かさなくてはいけません。

【その他関連リンク】井上嘉浩死刑囚支援サイト
Compassion「カルトを抜けて罪と向き合う」

清水富美加の診断書を作成した教団関係者

清水富美加の出家騒動の当初から、胡散臭さ満載でずっとモヤモヤしていたこと。
さて、どこが最初に風穴を開けるかと待っていましたが、文春砲でした。

文春中刷

文春見出
「清水富美加の診断書を書いた病院を直撃すると・・・」


清水を自己障害で生命の危機ありと、診断書を出してドクターストップをかけた医療機関の素性が明らかとされました。

院長 千田

千田(wikipedia)

ハッピースマイルクリニック(川崎)
院長の千田要一
幸福の科学出版から書籍を出版するほか、HSU(文科省から大学として設置不認可とされた教団の私塾)の教授を務める。


医師 矢代
矢代 (09衆院選)

常勤医師の矢代智康
2009年衆院選において、幸福実現党から立候補(千葉2区)し落選している。


ちなみに、その診断書については、芸能事務所側の山縣敦彦弁護士と塩川泰子弁護士が会見で、こう述べています。

「診断書は2通、いただいている。ただ、どういった経緯で検査をされてそういった診断がなされたのか、診断書が正しいものという前提で考えることができない。出家したいという理由で仕事ができない、という主張が、一転して体調不良ということになったので、納得はできない。生命の危険というような健康状態だったとは認識していない」

そして、その“診断書”については、この記事の中で医療関係者がコメントしています。

「二通目の診断書に書かれていた病名は、本来ならば、充分な長期の専門治療が必要。芸能活動どころではありません。逆に言えば、一月までいたって自然に女優を続けられたことのほうが不思議なのです」

公民館でカルト「ダメ。ゼッタイ。」

公共施設がカルト宗教の布教活動の舞台となる事例は少なくなく、正体を隠したり、利用目的を偽ったり、時には色々と屁理屈を捏ねてねじ込み、事なかれ主義の行政側が見て見ぬふりをして済ませる構図があるようです。

しかし本来、こうした運用は違法のはずであって、野放しであるのは無法状態というべきです。

「社会教育法」(抜粋)

第五章 公民館

(公民館の運営方針)

第二十三条 公民館は、次の行為を行ってはならない。

一 もっぱら営利を目的として事業を行い、特定の営利事務に公民館の名称を利用させその他営利事業を援助すること。

二 特定の政党の利害に関する事業を行い、又は公私の選挙に関し、特定の候補者を支持すること。

2 市町村の設置する公民館は、特定の宗教を支持し、又は特定の教派、宗派若しくは教団を支援してはならない。


【参考リンク】
「社会教育法」全文


ところで、幸福の科学が清水富美加を広告塔にして布教イベントを企画しているのが発覚しました。

公民館でカルト宗教
教団イベントを宣伝するチラシ広告を添付したtwitter

「社会教育法」に照らして、この教団イベントが許容されるでしょうか?
「荒尾総合文化センター」という名称で、公民館とは銘打っていなくても、公共の社会教育施設であることに変わりはありません。

仮に地方公共団体が定める利用規約に、利用条件の制限が明記されていなくても、社会教育法は条例や施行規則の上位規範に当たるものであり、自治体が別の定めをしていれば無効でありましょうし、規定がないのであれば、自ずとこの法制下にあるものと解されますが、こうした観点から幸福の科学が企画するこのイベントを査定して下さい。

① 同法律における社会教育の理念に合致しているのか?

② 「公共的利用」と看做すことができるのか?

③ 「特定の宗教、宗派若しくは教団を支持すること」に抵触しないものなのか?


答えは明らかにNOですよね。

これがまかり通ると言うのであれば、この法規をどう解釈してそうなるのか、行政には説明して頂きたいところです。

そもそも、公共施設で布教活動しようとするカルトが問題ではあるのですが、連中は確信犯だから言っても無駄で、行政が毅然とした態度を示す以外にありません。

それができないなら、役人の無理解か、法令順守する覚悟のなさか、どちらかでしょう。

今回は荒尾市行政、荒尾市長の良識が問われるところと思います。

【お問い合わせ】
荒尾市メールフォーム

そういえば、昨年の熊本地震の際、荒尾市も震度5弱の揺れに襲われていました。幸福の科学の論理では、あの地震は神々の警告(つまり天罰)だそうです。
恐怖アピール
このカルトはこういう類の連中だということを思い出して下さい。


信者を“おかず”にする教祖の自慰行為

清水富美加の出家宣言に始まる幸福の科学が巻き起こした一連の騒動。「出家」という行為の意味に泥を塗られ、宗教界も迷惑したことと思います。

一時は清水への同情的な意見もあったものの、全容が判明するにつれて擁護する声は影を潜め、一週間もするとシラケムードすら漂い、現在では殆ど話題にすらのぼらなくなりました。疾風怒濤の勢いで突っ走り、そのまま崖から奈落の底に落ちていった感じです。

今回の人騒がせな茶番劇、この筋書きには幸福の科学にとって2つの目論見があったのだろうと思います。

一つは、芸能人を広告塔に仕立て、世間に見向きされなくなり落ち込んでいた教勢の立て直しの契機にしようとしたこと。

そしてもう一つは、激しい劣等感の裏返しに、宇宙の根本仏にまで病的に肥大化した幼児的万能感を抱えたカルト教祖が、その底なしの空虚感の埋め合わせに、信者の清水富美加をオモチャにして、「荒んだ私の心を救ってくれた大川先生マンセー」と言わせて自己の承認欲求を満たしたかったこと。

要は、千眼美子を“おかず”にした、大川隆法のみっともない自慰行為に世間が付き合わされていたわけで、世人から完全に気味悪がられて当然の結果です。

今回の作戦も失敗に終わりましたが、教祖は決して責任を取りませんから、スケープゴートに、ワンパターンな大川の考えをヨイショしていた役員の誰かのクビが飛ぶでしょう。
また、今月のニューフェイスの加入によって喜び組のバランスが崩れますから、お役御免の宿下がりか、職員に払い下げのクリアランスになる姫も出てくるかと思われます。


「千眼美子」で教団が発信する「ポスト真実」とは裏腹に、事実によって強く印象図けられたのは、幸福の科学信者のトコトン不幸な人生模様でした。

彼女の周辺のことは、既に報道し尽くされているので、ここで改めてまとめる必要はないと思います。幸福の科学信者を親にもち、多様な価値観との接点に乏しい状況で生育した二世信者の彼女にとって、信者の親は毒親以外の何者でもありませんでした。

幸福の科学自体が、極端な善悪二元論の価値観にあり、さらに二世信者の彼女にとって、棄教は親との決別という要素も含むことから、私生活の問題が引き金とは言え、追い詰められたうえに教祖に迫られれば、彼女の選択肢も極端にならざるをえないのは自明のことです。

彼女の置かれた現状をよくよく考えれば、できることなら人身保護請求でも何でもして、今いる環境から離れたところに保護しないと相当マズい事態と思いますが、実際のところは、手の出しようがないのが残念なところです。

一見いかにも理性的な、もっともらしい態度で、奥歯にものが挟まったように「信仰の自由」とか「彼女自身の幸せ」などと、彼女の選択や教団自体への直接の批判を避ける意見も散見されます。確かに人の心を無理矢理に変えることはできないし、すべきでもないと思います。けれども、その中には対岸の火事的な、他者への無関心が隠れてはいないのでしょうか。私は、そんなに簡単に割り切って良いこととは思えません。

TOSHIさん著書
「ホームオブハート」から生還したTOSHIさん

X JAPANのボーカルTOSHIさんが「ホームオブハート」に取り込まれていた当時、放送局での取材を終えた帰り際、出待ちしていたファンたちが、TOSHIさんの背中に向かって、「帰ってきて!!」と、それぞれ渾身の思いを込めて訴え続ける映像を見たことがあります。

その時、TOSHIさんは、一瞬立ち止まりました。
TOSHIさんは、ファンたちに応えることなく、関係者に促されて背を向けたまま車に乗って立ち去るのですが、立ち止まった一瞬には、言葉が突き刺さったように表情が固まっていたのが印象に残っています。

批判を受け付けない頑なな心にも、きっとストレートな思いは届いたのでしょう。そうした気持ちのひとつひとつが、彼をカルトの闇から日常に生還させる命綱になったのだと思います。

清水富美加さんにも、その命綱が必要でしょう。
彼女が主演していた映画の舞台挨拶で、共演者が涙ながらに呼び掛けていましたが、こういう人として自然な声を、自粛しなければならない理由はありません。

カトリーヌ・ピカールさん
カトリーヌ・ピカールさん

フランスの反セクト法(無知脆弱性不法利用罪)の制定に尽力されたカトリーヌ・ピカール氏は、2015年に「日本脱カルト協会」の招きに応じて来日され、「フランスのカルト対策:発展と課題」と題された講演において、こう言われました。

「セクトの問題は宗教の問題ではなく人権の問題」であると。

人に害を与え、人を幸せにしないセクト(カルト)の、基本的人権と自由への侵害から個人と公共の利益を守るという概念があります。

宗教、信仰の問題だからと、口を閉ざす日本の状況は必ずしも常識的ではありません。

この差は一体どこから来るのでしょうか。
反セクト法を成立させた土壌には、「人権」へのボルテージの高さがあるように感じていますが、この講演の質疑応答の最後に同氏は、「フランスでも、ここに至るまでにはモンテスキューから400年かかっているのですよ」と、日本のカルト対策の今後を励まされました。

オウム真理教のような大事件を経験していながら、社会は教訓を活かせているのかと疑問に思うことは少なくありませんが、決して一朝一夕にいくものではなく、日本はまだまだこれからです。

一過性の過熱した報道が収まったこれからは、より本質に迫った議論が成熟することを願っています。

幸福の科学の問題は、宗教の問題ではなくカルトの問題。
そして、幸福の科学の問題は人権の問題なのです。
プロフィール

アルゴラブ

Author:アルゴラブ
当ブログへようこそ。
私もペンとネットの力を信じ、「幸福の科学」を手掛かりに、カルトの問題について考えていきます。
脱会を迷われる方は、下記の記事カテゴリSuggestion の「脱会に必要なもの」をご覧ください。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR