脱会者を蝕む霊感カウンセリングに注意

カルト宗教は、信者に極端な善悪二元論を植え付け、脳裏によぎる教祖や教団に対する疑念や批判は、地獄へ誘う悪魔の囁きとして、恐怖によって信者の思考をコントロールしますが、それでも、内なる良心の声によって燻ぶった理性が働きを取り戻し、自らの選択の誤りを受け止めた時、いつの間にか迷い込んでしまっていたカルト信仰という暗闇の迷路から、陽の当たる日常への帰還を果たすことになります。

そして、カルト宗教の残滓をデトックスして、本来の自分に立ち返るなり、或いは新たなアイデンティティを確立する作業が始まりますが、これにはカルトに関わっていたのと同等の時間や質的な注力を要するので、焦らずに進めなければなりません。

めでたく教団から脱出したと言っても、脱会者の心理や思考力は、カルト信仰によって歪められ混乱した状態で、そうした習慣は当事者が自覚する以上に深く浸潤しているので、脱会直後というのは、誰もが、自己を取り戻したと謂えども主体性の動揺しやすい、たいへん不安定な時期を踏破しなければならないのです。

そしてこれは、とても危険な時期です。
脱会によって心に生じた空白をどうにかしたいと、焦って代償を求めに走り、結果的に別の迷路に迷い込んで“元の木阿弥”になってしまうケースが散見されます。

カルト教団によって、さんざん時間や財産を収奪されてきて、ようやくそこから逃れたのに、今度はその心の整理をしたいと頼った先で、いつの間にか同じような状況に陥ってしまい、またもや貴重な時間と財産を浪費させられてしまうのです。

近頃もそうした事例の申告をお受けしました。
当事者の方は、たいへん深く傷つき、もう自分のような思いをする人を決して出して欲しくないという動機から、関係者の仲介を経てお知らせを頂いたものです。

申告は数々の客観的資料を添えて、具体的な内容の信頼に値するものでしたが、ご本人とご家族が、もうこれを区切りとして、そうした過去を裁断して生き直したいというお気持ちでおられるので、このケースの詳細を公開することはあえて致しませんが、この事例に内在する様々な側面から、私の部分で問題となる要素を抽出し、整理をして、教団の別なくカルト脱会後の注意喚起とさせて頂くことで、申告を下さった方々のご意志に報いたいと思います。


以下、脱会者の皆様にご案内をさせて頂きます。

脱会カウンセリングを行う者の中には、「心理カウンセラー」と称して、業として請け負う者がいます。さらに、こうした者は自らも脱会経験者で、そのカウンセリングには、霊的な要素が含まれたものがあります。

現在、国家資格として「公認心理師」が準備されているところですが、現状は「心理カウンセラー」と言っても、その質は広く様々な民間資格で、大学院での専門教育を要し公的資格として通用する臨床心理士から、数時間の講義や通信教育で取得可能なものまであり、また「心理カウンセラー」は職業名として、臨床心理士や産業カウンセラー等の資格を詐称しない限りは、仮に無資格で業を営んでいても直ちに法に抵触はしません。

また、カウンセリングに霊的な要素を含めていても、宗教的活動は信教の自由の一形態として保障されているため、カウンセリングの際の心霊的サービスも、社会通念上認められている範囲から公序良俗に照らして逸脱しない限り、必ずしも無効とはなりません。

こうした手法は、少なくとも私が知るところの脱会カウンセリングの有るべき姿ではありませんが、無資格または独自で設定した資格を根拠とする心理カウンセラーが、業として行う上記のような脱会カウンセリングでも、民間療法の類として成立はします。

このような状況ですから、明確な判断基準がない民間療法の類の脱会カウンセリングでは自ずとトラブルが多くなります。通常医療の世界でも、時には被害が発生し争いになる場合があるくらいですから尚更でしょう。

しかし、決して野放ではありません。越えてはならない一線があり、今回の事例を含め、トラブルを起こす脱会カウンセリングには、共通した問題点があります。

民間療法的な脱会カウンセリングの質を判別するのには、それが臨床の蓄積などエビデンスに基づくものなのか、また業として行われるカウンセリングの対価が、臨床心理士の場合や精神科医のそれと比較して適正なものかどうかといった判断もありますが、そうしたこと以前の本質的な問題として、煎じ詰めると以下に尽きると思います。

カウンセリング依頼の脱会者に、「穢れ、祟り、呪い、霊障」といったネガティブな要素を強く印象づけて意識させたうえで、それに対する「清め、祈願、祈祷、除霊」に誘導したり、自己否定感を増長させて、そこから「生まれ変わり」のためのセミナーを受講させたりする構図の存在です。

これは「霊感商法」そのものです。
カウンセリング手法の是非を論ずる以前の、違法性のある行為となります。

脱会者に寄り添うようでいて、その実は教祖や教団を悪魔だとか、大蛇だとか、悪質宇宙人などとして、清め自己変革して、教祖との悪しき因縁を解かねば、教団の宗教地獄に堕ちるなどという恐怖説得を行うのであれば、そうしたアプローチは、恐怖の対象を変えただけの、結局のところ教祖や教団が信者をコントロールしていたのと同じことをしているのであって、善意か悪意かに関わりなく、教祖がしていた根拠のない不安で煽る宗教依存のビジネスモデルを踏襲しているだけです。

騙すつもりがなかろうと、結果的に脱会者が脱会者を食い物にし、自己実現の道具としている状況は看過できません。しかしながら、こうした事は手を変え品を変え繰り返されて、終わりが見えません。

やる側よりやられる側が悪いなどと言うことは断じてなく、本来であればカウンセラーを称する側が、あくまで道義的責任を自覚すべきところでしょうが、宗教被害者に更なる心理的社会的ダメージを与える、人間の屑のごとき所業を行う者にそれを求めても無駄なようで、脱会者が知識を備えて自己防衛できるようになるしか、被害を食い止める策はないでしょう。

ですので、少々耳障りなことも指摘しなければなりません。

いかに教祖や教団を、脱会者に害を為す側に置いたところで、教祖の世界観の延長線上にあるからには、所詮は分派の域を出るものではなく、カウンセラーという名を借りたミニ教祖に過ぎない者に、貴方は脱会後の新たな門出を委ねたいでしょうか?

私自身の自戒を込め、カルトに嵌まった経験を率直に自覚したところで、同様の脱会者である甚だ宗教的センスの疑わしい者の霊能などを、なぜ無批判に採用するのでしょうか?

信仰や宗教を否定はしません。
ただし、過度に霊的なことに原因や回答を求めるのを止めるべきです。
霊言か超越自我かの違いに関わらず、そもそも自己が解決すべき現実的課題を、いちいち霊的なものに仰ぐようでいて、なんで生まれてきた意味があるのでしょうか?

非科学的なカルト信仰の総括を、非科学的な手法に求めて一体なにが得られるというのでしょうか?

増してや根拠のない不安で貴方を煽るような者は、問答無用で絶交すべきです。

また、貴方ご自身の中に、祈祷や祈願にお金を供することによって、手っ取り早く苦しい心境から逃れたいと思っている部分はありませんか?

そうした態度は、相手に付け入る隙を与えるものです。

脱会したからと言って、全ての問題が解消されたりはしません。
むしろ、盲目的なカルト信仰によって、ただ見えないところに蓋をして保留していた問題と再び向き合うこととなるでしょう。

こうしたとき、かりそめのものでも安易なものに人は飛びつきやすいものです。でも、真の解決には、お金ではなく自らの時間と質をかける以外にないことを覚悟して、どうか踏みとどまって下さい。

カルト宗教に埋没して自我を喪失していた苦しさを知るからには、自らの人生途上に起こる喜びも悲しみも、静かに受け入れていく自由の有難さが分かるはずです。

くれぐれも短気を起こして来た道をまた戻るようなことがないように、どうか同胞の苦い教訓を必ず活かしてください。

【「霊感商法」の理解を深める参考サイト】

害悪を告知し、祈とう等を受けさせ祈とう料等を支払わせることが不法行為に当たるとした事例
独立行政法人国民生活センター

霊感商法の手口と対策 霊や祟りに怯え騙されないための知識
弁護士の総合検索サイト『あなたの弁護士』

「霊感商法」の法律相談
弁護士ドットコム
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二世信者を青田刈りする大川隆法の焦り

2017.9.7号週刊新潮記事
大川隆法によって信者歴を暴露されたタレントの新木優子さん
週刊新潮2017.9.7号

千眼美子こと清水富美加の騒動に続き、タレントの新木優子と幸福の科学との関係が週刊新潮で取り上げられていますが、今回は教団が信者のプライバシーを一方的に暴露するという独善的で高圧的な展開に、厳しい批判が高まっています。

記事を読むと、清水の出家騒動のあった時期に、プロダクション側は新木優子の方から信者であることを打ち明けられ、そのうえで新木の親も含めた話し合いがもたれた際、「出家だとか、事務所に迷惑をかけないので仕事を続けたい」と申し出ていたとあります。

裏を返せば、清水の行為がいかに現場や関係者に多大な迷惑をかけたのか、そのことについて彼女自身は理解していたということであり、そしてそれが、タレント生命の致命傷になるということも分かっていたのだと思います。社会人として現実に立脚した常識的判断だと言えましょう。

とにかく、清水の出家騒動の際、清水と教団は、カルト宗教の如何わしさ、反社会性をあまりにもストレートに示し過ぎました。このことはもう二度と消すことのできない汚点となっています。

あとで手のひらを返すように態度を豹変させ、仕事を放り出して、無理矢理な現状変更を悪びれもなく押し通すような宗教の信者では、危なっかしくて制作サイドはキャスティングできないし、他にいくらでも代りがいる状況で、わざわざスポンサーが付くはずがないのは当然のことです。彼女個人の資質はどうあれ、気の毒ですが、使う側にも選ぶ権利があるからには、どうしようもありません。

それは取りも直さず、教祖の大川隆法の責任であり、幸福の科学の自業自得に他なりません。信教の自由は、内心における信仰対象ばかりでなく、信仰態度の自由も含まれた人権なのだと思いますが、大川隆法が率いる幸福の科学は、それを許さず、そうした信者の人権を無視して本人の健気な意志を台無しにしたのです。

廃れた教勢の立て直しを、教団内で言う二世・三世の“ゴールデン・エイジ”という妄想に縋る教団にとって、信者の成長も待っていられず、人権を慮る余裕などないのでしょう。或いは、元々この教団には人権という概念が欠落していると言った方が良いかも知れません。

彼女はタレントとして、ようやく芽が出始めた大事なところでした。せっかくこれからという時に、完全に足を引っ張り、芽を摘んでしまった状況です。

いかにも堪え性のない幼児的な大川のやりそうな事ですが、一方でまた今回も、毒親と子供という二世問題の構図が見え隠れしています。

子供を守れない親など、たとえ遺伝的に親ではあっても、果たして親と名乗る資格があるのでしょうか?
信者を親に持つ子の苦悩は深刻です。

【関連記事リンク】

【暴挙!】新木優子は“20数年来の信者”幸福の科学・大川総裁が霊言で暴露

【社説】幸福の科学信者・新木優子さんの“信教の自由”を守れ

【ご報告】 JSCPRに参加します

日本脱カルト協会「JSCPR」
【ホームページリンク】
日本脱カルト協会「JSCPR」

日本脱カルト協会「JSCPR」(The Japan Society for Cult Prevention and Recovery)は、1995年11月、破壊的カルトの諸問題、カルトに関わる個人および家族へのカウンセリング経験についての交流およびカルト予防策や社会復帰策等の研究をおこない、その成果を発展・普及させることを目的として、心理学者、聖職者、臨床心理士、弁護士、精神科医、宗教社会学者、カウンセラーそして「議論ある団体」の元メンバーやご家族等によって構成されたネットワークです。

このたび、私もお誘いをうけてエントリーをし、つい先日、正式にJSCPRの末席に加えて頂くこととなりました。

但し、だからと言って特別な気負いはなく、直面する課題、要請に対して、これまで通り粛々と取り組んで行くのみです。

幸福の科学のみならず、破壊的カルトの悲劇を少しでも減らすために、何をすべきか、何ができるのかを、この環境下において新たに学び探りながら、悔し涙が拭われ、失われた日常を取り戻せる方がひとりでも多くなるよう、微力を尽くします。



※当ブログも継続して参ります。これまで通り不定期の遅々とした更新ではありますが、宜しければ今後もお付き合い下さい。また、このたびコメントの非公開設定の選択を可能にすることとしました。悪質な荒らし行為等でない限りは決して公開されませんのでご安心ください。

残る阿呆に入る阿呆

四国徳島名物の阿波踊りに、幸福の科学連として参加を始めたのがいつだったかは忘れましたが、組織ぐるみの公職選挙法違反で教団党本部に家宅捜索を受ける中、厚顔無恥に参加した昨年にひき続き、今年もやってきました。

2017幸福の科学連1

幸福の科学連には、これまでに竹村健一、渡部昇一、ドクター中松などのゲストのほか、旧広告塔の小川知子も確か出ていたように思いますが、今年の目玉は新広告塔の千眼美子です。

2017幸福の科学連2
桟敷席から奇異の目で見られて上機嫌の千眼美子(右)

【徳島新聞動画と記事】
幸福の科学連(千眼美子)の様子
2017/8/12徳島新聞WEBの提灯記事

私は92年3月から約1年間、顧問の善川三朗付き秘書として徳島に赴任していたので、当時に地元で出会った会員さん達のことは今でも覚えており、例年幸福の科学連の画像がネットに上がるたびに注意深く観察してきましたが、昔の知った顔が、もうほとんど残っていないことが確認できて、皆さんそれぞれに、少なからず葛藤はあったことと思いますが、今はきっとご自身の日常を取り戻しておられるのだろうと、とりあえず安堵しています。

また、連の様子を見ていて、最近如実に感じることは、昔と比べてずいぶんと下手になったこと。

手の動きや足運びが小手先だけで鳴物とも合っておらず、本来は優雅でしなやかな集団美が魅力の「女踊り」もバラバラ、「男踊り」にも力強さや、ひょうきんな味わいがなく、錬度の個人差がありすぎて、他の連との完成度と見比べてみれば、その差は歴然としています。

黒人だからといって、必ずしも皆が身体能力や音楽センスが高いわけではないように、徳島県人だからといって阿波踊りが上手とは言えないでしょうけれど、徳島滞在当時、支部の親睦会に出席させて頂いた折に拝見した洗練された姿からすると、かなり質が落ちていて、こうした点からも地元の信者離れが進んでいることが感じられます。

2017幸福の科学連3
全体的に内輪を使い切るスキルのなさが錬度の低さを物語る

おそらく、地元の信者自体が少ないため、近県から掻き集めたり、聖地巡礼ツアーのオプション的なかたちで動員した信者で構成しているためでしょう。

下手では参加してはいけない決まりはないのでしょうが、観客は正直で、上手な連には大きな喝采が浴びせられるところ、幸福の科学連は箸休めの繋ぎになっています。

実現党3トリオと竹尾氏

幸福実現党の三バカトリオ(かしまし娘)に並んで映っているのが、今では非信者の方からも「金髪オバサン」として有名になってしまった竹尾あけみ氏。

大伝道のころ、あの小澤利夫理事長をして「信仰心の篤い竹尾さん」と言わしめた初期からの熱烈活動信者。支部の婦人部長もし、「フローレンス」だったか若手の女性信者のグループの面倒も見ており、毎週月曜日には自宅のリビングを青年部の集まりに開放して、私も徳島滞在中に何度か招かれたことがありました。

当時は四国内にスーパーをチェーン展開する企業の役員で、伝道ばかりでなく大黒天でもあり、自ずと資金推進の勧進にも邁進していましたから、徳島のみならず、初期から教団内での有名人の一人です。

脱会者の方が提供して下さった情報から、その後、教団が変節し、それらが常軌を逸するようになってからも、第一線から退くことなく、どんな勧進をしていたのかを何度か聞いています。嘗てのこの人物を知っているだけに、複雑な思いもありますが、脱会者からの評判が悪いのは無理からぬところかと思います。

竹尾あけみ(幸福の科学)は嫌いでも
阿波踊りは嫌いにならないで下さい。


【素敵な阿波踊りの数々(2015-2016)】
「天水連」
「うずき連」
「娯茶平」
「ほんま連」
「蜂須賀連」
「阿呆連」
「さゝ連」
「新ばし連」
「葉月連」
「水玉連」

踊り上手な女性が男踊りをする「法被踊り」は、とても粋で目立ちます。
竹尾さんなどそうした部類の方だったのですが、さすがに歳のせいか、昔ほど腰の入った踊りではないものの、周囲の人に比べれば、映像には今なおその片鱗は見られます。

しかし、他の多くの人たちが、すでに目を覚まして幸福の科学の呪縛から解放されているのに、最古参の信者で、かつては常識も健全な批判精神も持ち合わせていたはずの人が、この期に及んでもなお留まっていて、もう引き返せないところに嵌まってしまっている様子は、正直とても正視に耐えません。

教団に入れ込んだ人にありがちなバイアスが働いて辞めにくくなるのでしょうけれど、誰にでも、やり直すチャンスはあったはずです。

せめて、踊る阿呆くらいで済んでいたら良かったのですが。
幸福の科学連のニュースを見るたび、残念な気持ちしか起こりません。

清水富美加の関係者も、きっと同じような思いで見ていることでしょう。

ドームのことは夢のまた夢

22年ぶりの大川隆法in東京ドーム。
大川は22年前のドーム講演を最後に引き籠り生活に入っていますから、因縁の東京ドームです。

2017.8.2東京ドーム

【関連記事リンク:やや日刊カルト新聞】
“清水富美加 IN 東京ドーム”に5万人、至高神を超える人気ぶり

大川が22年前に引き籠り生活に入ったのは、元夫人や脱会職員の証言など総合すると、幸福の科学が公称と実態の差が著しいバブル宗教で、自分が幹部から真実を何も聞かされていない裸の教祖であったことに遅ればせながら気付かされた教祖が、ショックで心を粉々に砕かれた影響で何もかもが嫌になり、もう気に入った女性職員だけを侍らせて隠遁生活をしたいと、全てを放り出したことが理由のようです。

大川隆法にとって東京ドームは、自らの自己顕示の象徴であると同時に、超えられない現実を何度も突きつけられた場所でもあったのでしょう。そして、新たな広告塔を立てるなど、教団としては満を持して臨んだ東京ドームでしたが、果たしてリベンジはできたのでしょうか。

主催者発表は、5万人動員という予想通りの大本営発表でした。
しかし、信者は騙せても世間を欺くことはできません。

会場内の状況1

会場内の状況2

会場内の状況3
有志による会場内の事実を伝える貴重な画像の数々

そもそも「東京ドーム5万人。満員御礼」というのは、実のところひとつの信仰みたいなものです。

ドームの収容人数は、公称では55,000人ですが、消防法上の定員は、立ち見含む46,314人で、その後の改修を経て、現在プロ野球関連の刊行物等で45,600人と表示されています。

野球以外のコンサート使用時などには、消防署の指導に従い、消防設備の増設、避難経路の確保、避難誘導の方法等、必要な措置を講じて届け出れば、アリーナ(人工芝)の客席もフルに使って、収容人数を大幅に増やすことも不可能ではなく、かつては人気アイドルグループのライブに6万人を超える集客を行ったこともあったようですが、通常では、最近のメジャーなアーチストや人気女性アイドルグループのライブであっても、45,000人から48,000人あたりが実際のところです。

アリーナに客席を設けても、ステージ演出の都合で潰さざるを得ないスタンド席も生じるため、自ずと収容人数も落ち着いてくるわけです。
しかも、それらは全てチケット完売で満員の場合の数字です。

91年東京ドーム講演会場図
91年第1回東京ドーム講演開催時の客席図。
基本的なレイアウトに違いは見られない。


転じて、今回の大川のイタコドームの状況を眺めれば、91年の第1回時から基本的に大差のない設営です。これでは仮に満席にしても5万人に達することがないのは明白で、事実91年時には、定員は43,450人と定められ、チケットは43,998枚しか発券されていませんでした。

しかも、100万人の信者を達成したはずなのに、講演15日前にしてもなお、55%しか売りさばけておらず、公演当日まで得意の「必勝必達」の檄を飛ばすものの、結果的には販売(買取)ベースで3万人を割り込む始末に終わっています。

その後のドームも動員に苦戦が続き、健闘してもせいぜい3万人台までで、あきらかに満員というにはほど遠い状態で、ドームの度に理事が開演前の教祖控室に詫びに入ることが続きました。それでも当時はなんとか、現場は信者の熱意でごまかせましたが、今日の隠しようのないガラガラ感では、さすがに5万人などと嘯ける勢いすら微塵もなくなっており、この私でさえ人の世の儚さにしみじみとする思いです。

92年アリーナの様子1
空席なんてエルカンファイトで吹き飛ばせ!(92年ドームの様子)
※これは幸福の科学信者の決めポーズで、ビートたけしさんの「冗談じゃないょ」(鬼瓦権造)のマネをしているわけではありません。

92年アリーナの様子2
黄色いスカーフ振れば空席なんて目立たない!(92年ドームの様子)

上階は完全に空席
今回8月2日の東京ドームでは、舞台正面を撮影した場合に反対の死角となる上階席部分が完全に空席に(AbemaPrime撮影)

今回の状況を過去と比較して見るに、サクラや冷やかし含めても2万人台というところでしょう。落ち込み方が余りに露骨に表れていますが、さりとて2万数千人といえども、これだけの人が今なお大川の闇に取り込まれたままでいて、その信者の数だけ、その周囲で不幸が生産されていることを思えば、くだらない感傷に浸っているヒマはありません。

主催者の大本営発表の虚偽を暴いても、今度は人数など問題じゃない、講演の質だと言いだすことでしょう。

けれども、昔はできていたはずの、ゆっくりと抑揚を付けたスピーチも影を潜め、準備不足でまとまりのない話を初めから濁声で活舌悪くシャウトしていては、何も伝わるはずもなく、前座のはずが実は教祖以上に注目を集めていた広告塔も、下手な音源のうえクチパクでは、興味本位とはいえ、せっかく来場してくれた客を失望させただけでした。

口パク美子
クチパクだって芸の内なのに。
彼女の人生を貫く態度の甘さが墓穴を掘るはめに。


・・・だそうです。
講演の内容がこれでは・・・。評価以前の問題です。

【AbemaPrime】
大川隆法in東京ドームダイジェスト
※島田裕巳の解説は相変わらずいいかげんで無意味無価値です。

ネット上は、信者以外の辛辣で冷ややかなコメントがあふれています。

教祖と信者の劣化、そして教団の衰退ぶりを広く印象づける結果となり、一般客を動員しようとし、マスコミも入れたことは失策でした。

もとより大川の責任なのですが、教祖は責任を取りませんから、誰かの辞表が一枚必要になるのではないでしょうか。

千眼美子という頼みのオプションも使い切って、辛うじてこんな有様。

既に新鮮味のない広告塔には、今以上の価値は見込めないことから、ついぞドーム満員の夢は達成されることなく、これが最後という誘い文句は、幸福の科学には珍しく本当のことになりそうですね。

このカルト、危険につき

22年ぶりの東京ドームイベントの動員に苦戦する幸福の科学。
大川隆法の次男である大川真輝が、信者に対して耳を疑う文句で一般人への勧誘を煽っている様子が漏れ聞こえてきました。

どんな手を使ってもいいそうです
講演イメージ画像

どんな手を使ってもいい。

どんな手を使ってもいい。

どんな手を使ってもいい。


※よほど刷り込みたいのか、三回言っています。

教祖の家族は、教団内ではロイヤルファミリー扱いです。
そんなステイタスがなかったら、ただの小僧の言葉に何の影響力もありませんが、信者にとっては教祖の号令に等しきものです。

かつての大伝道のとき、誌友会員申し込みハガキに名前を書かせるため、風船をオマケに受け取ってもらうきっかけ作りをしたり、アンケートと称して近づき、架空のアンケートをとりながら、脈のありそうな者を見極めて勧誘するということをしていた青年部がありました。しかし、ある本部講師がそれを知り、厳しく叱って、そうした風船伝道やアンケート伝道をやめさせた場面に居合わせたことがあります。

私は、幸福の科学はその発足以前の段階からカルトであったことを知る者で、昔は良かったなどと言うつもりは毛頭ありませんが、少なくとも今よりはマシであったことは確かで、多くが倫理観を持ち、ガバナンスも機能していたとは思っています。

それが今では、教祖の血統の「どんな手を使ってもいい」などと言う号令がまかり通っている始末ですから。なるほど、あからさまな「デート勧誘」が、恥ずかしげもなく宣伝されていて不思議ではありません。

「手段を選ぶな」という煽りは、それだけでも生理的な嫌悪感を抱かせます。しかし、カルト宗教における、こうした信者への号令には、さらに危険な要素があります。

宗教に帰依するということは、その宗教が定める規範や戒律を受け入れることでもあり、そのためカルト信者の倫理観は、一般常識や民族文化からかけ離れていくことが多々あります。世間法よりも我が教祖が語る神理が第一となっているということは、信者にとっての禁忌事項(タブー)を、教祖が自在にコントロールできる状態にあるということです。

そして、教祖が絶対に犯すことを許さない絶対禁忌を定めた場合、信者の思考では、それ以外の禁忌事項の順位は、相対的に下げられることを意味します。つまり、最高の絶対禁忌に比べれば、その他の禁忌は破っても最悪ではないということなのです。
さらには禁忌そのものも、都合によって解禁してしまうことさえできます。

これは、オウム真理教の殺人正当化の教義「ポア」を信者に行わしめた背景にある構図に他なりません。そして、幸福の科学における絶対禁忌は、「和合僧破壊」と書いて、教祖の大川や教団への批判を最大の罪とし、それ以外の禁忌の価値は下げられ、しかも都合が悪くなったら「どんな手を使ってもいい」などと煽るのですから、この教団の本質も推して知るべしです。


また、勧誘の煽りの中では、しきりに奇跡が起こると強弁しています。

大川隆法というのは、非常に気の小さい、根本的に憶病な人物です。
自らがフライデー事件を起こしたくせに、講談社攻撃は信者に任せて、自分は都内のホテルを転々と逃げ回り、ある時はホテル内の結婚式場に訪れた一般客が持っていたカメラをマスコミと勘違いして、蚊の鳴くような声で「えぇ・・カメラいるのぉ・・・」と言って立ち尽くしてしまったり、警察の聴取には「信者が勝手にやった」とウソをついて逃げを打つような小心者なのですが、プライドだけは異常に高いので、落ち目になると反撃的自己が活性化されて、つい大言壮語を吐いてしまうようです。

本体霊が表れて、これまで最大の力で奇跡を起こすなんて、ハードル上げてしまって大丈夫でしょうか。八方塞がりの手詰まり感に、内心では相当追い詰められているのだろうと思われます。

しかし、そうであればなおさら、やることなすこと滑稽なアホカルトであるからと言って、笑ってばかりもいられず、そんな狂信者らが「どんな手を使ってもいい」と、なりふり構わぬ段階に入っている状況の深刻さを注視していく必要があります。

広告塔の苛立ち

90年代には定期的に行っていた東京ドームでの教団イベント。
教団に関わりのない人でも、笑いを堪えるのに苦心する大川のコスプレの影響でそれなりに有名になりました。

【有志まとめサイトをお楽しみ下さい】
幸福の科学大川隆法総裁による久々の東京ドーム講演会。過去の東京ドーム講演会での姿。

夏場に行うのは「御生誕祭」と銘打った教祖のお誕生日会ですが、実は7月7日というのは、生まれた次男の出生届を出し遅れていた父親の善川三朗(中川忠義)が、ようやく役場に届け出た際の任意の“登録日”であって、大川隆法(中川隆)の生誕日ではないことを、実母の中川君子さんが盛大に言いまわっていたことは、徳島周辺の古参会員だけの秘密です。

東京ドームでのイベントに対しては、毎度5万人という必勝必達の満員目標の達成に難儀し、報告数合わせのチケット買取や、開会直前まで水道橋でダフ屋を行うものが居たりと、ここでも信者の悲劇が繰り返されてきましたが、この東京ドームでのイベントが今年まもなく22年ぶりに再び強行されます。

千眼呟き1

この“清水富美加”であることをやめた千眼美子こと教団広告塔の呟きからして、今回も土壇場になってもチケットがさばけていないようです。

例によって、信者による買取が横行していることでしょうし、サクラ要因として、清水建設はじめ教団の協力店の社員にも、お付き合いの動員が掛かっていることと思います。

せめて楽しいコスプレがあるのかどうかは不明ですが、少なくとも今回は大川家の家族歌合戦は企画されているようです。ご招待と言えば聞こえはいいですが、実質サクラの方々に、弁当や手当の福利厚生がなされるのか分かりません。くだらない大川家のカラオケ大会に付き合わされる皆様には、誠にお見舞いを申し上げます。

千眼呟き2
無責任に放り出して逃げた「東京喰種」のセリフで心情を吐露。

予想以上に上手く行っていない状況を露呈し、教祖の本を四冊程度しか読んでいないのに、一足飛びに教団幹部に登用された頼みの広告塔も、ここに至っては社会に対して恨み節を吐露するしかないのでしょう。

しかしながら、少なくとも昔の信者なら、伝道が成就しなければ、相手ではなく自分の不徳を嘆いたものでしたが・・・。
現在の幸福の科学は、教祖から信者まで、他者への共感性が欠如した自己愛人間の、世を呪う自己中心的な苛立ちに満ち溢れています。

おそらく、今回の動員の動機付けは無論のこと、当日の話の内容も、例によって“これが最後通告”といった恐怖アピールになるでしょう。広告塔の恨み節の背景にも、そうした要素があるゆえと考えられます。

幸福の科学の“これが最後”なる閉店セール商法は、既にマンネリを通り越しております。もっとも、今後はやりたくても、本当にもうできない「最後」なのかも知れません。それでも今さら希少性が高まるとも思えませんが、信者以外で入場拒否されずに潜入に成功した奇特な方がいらっしゃいましたら、どうか教祖と教団の末期の姿を目に焼き付けてきてください。

それから、「東京ドームでイベントを行えるのは幸福の科学が信用のある団体だから」というキャッチが散見されます。近頃とある所で、そのフレーズをリアルに聞いてしまいましたが、あの統一教会系の組織や法の華のようなカルトも東京ドームでやっています。

東京ドームでのパーティー開催など、なんの社会的証明になりません。馬鹿を晒すだけですから、お誘いワードに使わない方が良いですよ。

幸福の科学のデート勧誘に注意

すでに教団の反社会的カルト性に目覚めつつも、内部の観測のためにあえて会内に留まる選択をされている方のブログに、教団学生部が推進する勧誘手法の情報発信がなされていましたので、こちらでも注意喚起に紹介をしたいと思います。

ブログ・サンポール記事
【ブログ・サンポール新記事リンク】
「大川隆法、ついに『デート商法』に手を染める!」
(再編集)【幸福の科学の迷走が始まった1】

問題の勧誘手法は、YouTubeにアップされた下記の動画で、幸福の科学学生部の余りに無邪気な愚かさに唖然とします。

anjewel 幸福の科学学生部 2017/07/14 に公開
教団学生部が推進するデート勧誘手法
【YouTubeリンク】
【anjewel】 ♡まななんと、学校で秘密デート♡

ところで、この“まななん”という女の子。
きっと二世か三世の子なのではないかと思います。
信者の親を持つ環境下、自己選択権が阻害された状況に無自覚なまま育ったであろう背景を考えると、惻然とせずにいられない部分は多々ありますが、さりとてこうして公に矢面に出てくるからには覚悟もあるのでしょうし、ゆえに批判の手を緩める必要を認めません。

このデート勧誘に潜むマインドコントロール手法を解析します。

デート勧誘1
デート勧誘2
本当の要求は隠して、「休み時間に一緒に昼食」という受け入れられやすい要求を通す段階的要請法(フット・イン・ザ・ドア・テクニック)
(但し、冒頭の「デートして♡」の部分は編集ミスで、正しくは「手貸して」と言っており、2017/07/18 に公開の第二版で修正されている)

デート勧誘3
「皆には内緒」という、他と隔絶した秘密の体験の共有と団結感を印象付け

デート勧誘4
内心で相手に好意を持っていた場合は無論のこと、特別に好意は持っていなくても、拒否すると相手を傷付けるという不安から誘いに応じているという前提で、この時点で相手に対して受け身のマインドが形成されている

デート勧誘5
「奪う前にはまず与えろ」無償の愛のアピールで“おもてなし”

デート勧誘6
先ずは直接の接触は控えて相手の反応を確かめつつ、食べ物を介した接触で特別の関係を深める

デート勧誘7
未来への期待感をもたせ、「一貫性の原理」への布石をうつ

デート勧誘8
満腹に与えられ、「要求吊り上げ」の準備完了

デート勧誘9
唐突に、躊躇なく本題を切り出す

デート勧誘10
切り札のボディタッチで期待感を増幅させ、かつ不安感を鈍らせて拒否の退路を断つ

デート勧誘11
デート勧誘12
デート勧誘13
デート勧誘14
予期せぬ誘いに混乱するも、すでに与えられ相手に対して受け身の貴方は「返報性の原理」から断れない

デート勧誘15
昼食の誘いに応じ、また二人の未来の約束にも応じたという、コミットメントの「一貫性の原理」が貴方の中で優先し、不安要素への疑念は抑圧される

デート勧誘16
デート勧誘17
伝道カウント1
ためらいが意志を弱め、カルト宗教地獄への第一歩を踏み入れる



分水嶺は、相手の搦め手に流されずに、ここできっぱりと格好良くこう言い切れるかどうかです。

だが断る

荒木飛呂彦「ジョジョの奇妙な冒険」
「ダイヤモンドは砕けない」の岸辺露伴のセリフ

「 だ が 断 る 」

カルトの甘い勧誘には、無慈悲に情け容赦なく、冷徹にNOを。

大切な想い人が、カルト宗教なんぞに心を汚染されているのを知ったのなら、信教の自由などと言って目を背けずに、全力でハッキリと厳しい意思表示をしてあげて下さい。

それは瞬間の勝負です。貴方が発する拒否と批判が相手の心に傷を残すことになっても、いつかそれが相手を目覚めさせる命綱になることを、私は実体験を通じて断言することができます。



【記事中の用語等について補足】

「返報性の原理」
他人から施しや好意を受けた場合に、相手にお返しをしなければならないという感情を抱く心理

「一貫性の原理」
自分自身の行動・発言・態度・信念・価値観等に対し、一貫したものでありたという心理

「フット・イン・ザ・ドア・テクニック」の特徴
・最初の要求は承諾を得やすい簡単なものである。
・最初の要求と目的の要求に関連性がある。
・深く考えさせないよう感情に訴える。

※仮に「要求吊り上げ」でなく、始めいきなり「三帰誓願(入信)して」という要求で来て、断ると「なら、せめて一度だけで良いから講演会来て」といった場合は、譲歩的要請法(ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック)というパターンになります。どちらにせよ蟻地獄に嵌まることに違いはありません。

「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」の特徴
・最初の要求は拒否前提の大きな要求である。
・最初の要求と目的の要求に関連性がある。
・同じ相手から過去に依頼ごとを受けた実績がある。
・この手法は多用できないため、相手にとっての最終策である。


元教団幹部の企業 小学校新設を騙り行政指導に

小学校新設と誤解与える広告
学習塾に行政指導 栃木

NHK1
NHK2
NHK3
NHK4
NHK5
【記事リンク】
NHK NEWS WEB 7月11日 6時03分

【その他記事リンク】
開校予定の進学塾「初等部」に
栃木県が対応求め文書 

平日日中の授業など問題視
下野新聞ホームページSOON 7月11日 朝刊

下野新聞インタビュー記事
かつて下野新聞の企業家インタビューに掲載された際の河内宏之

今回、問題の発覚した「堯舜インターナショナルスクール」の運営母体である(株)アカデミー・グループの代表である河内宏之は、教団初期からの幹部職員であった者で、近年では、2009年の衆院選栃木1区に幸福実現党より出馬。また2012年には宇都宮市長選に出馬(この時は無所属)し、いずれも落選していますが、幹部職員であった頃から社長業と兼業し続け、教団内における「大黒天」(パトロン)の一人でもありました。教団関係者で、同グループに拾われた者も少なくありません。

09衆院選1
09衆院選2
2009年衆院選での幸福実現党候補者プロフィール

そうした河内宏之は、幸福の科学内における、数少ない法名授与者でもあります。
法名というのは、例の清水富美加が「千眼美子」と命名されたのと同様に、何らかの功により教祖から直々に与えられる源氏名で、94年9月13日に「河内不退(かわちふたい)」という名を授与されています。

教団活動推進局次長時代
幸福の科学の研修局次長当時の河内宏之(91年頃)

94.9.13法名授与
教祖の大川隆法より法名授与される(94.9.13付)

アカデミー側は、県の指導を受けて、現在は問題の「小学校」の表記を変更し、「誤解を与える表記とは認識していなかった」と逃げをうっているようですが、表記は “誤解”などというレベルではなく、御覧の通り確信犯的なものです。しかも、表記に留まらず、義務教育時間内に授業を予定するなどの運営は、学校教育法に抵触し、児童の就学機会を奪うことになりかねません。

問題の「堯舜小学校」の記載
指摘を受けた問題の「堯舜小学校」の記載

問題の「小学1年生」の記載
問題の「新小学1年生」の記載

こうした手法には幸福の科学臭がプンプンで、ゴールデンエイジの妄想実現に、幸福の科学学園に繋げる意図が見え隠れしているようです。
長年教育事業に携わってきたような者が行っているからこそ、余計に許しがたい行いだと思います。

とにかく、同教育企業グループがこういう素性であることは、この際ハッキリと明らかにされ、認識される必要があると思います。それでもなお、子供を大川隆法のディストピアの住人に供犠したいという方は、どうぞご随意に。

【関連記事リンク】
栃木県から注意の大手学習塾は幸福の科学の“天下り先”?

植福が誘う大川隆法のディストピア

もともと幸福の科学は、真理の探究と自己研鑽の動機付けとして、家庭ユートピアから世界の恒久ユートピア化へというスローガンを掲げていました。初期に入会した者の多くは、大川を信仰するというよりも、このことに共鳴して参集したと言った方が、当時の空気感としては適切であろうかと思います。

しかし、頭でっかちの社会不適合坊やの、堪え性のない素性はすぐに表れて、幸福の科学はたちまちカルトの一派へ転落していきます。「チャネリング」の流行に乗り、宗教各派の美味しいところ取りのパッチワーク教義で美辞麗句を並べながらも、実際は、言っていることとやっていることが真逆のディストピア(暗黒郷)が生まれたのです。

布施の種類
「布施の種類」1991年6月29日 活動推進局 資金推進部

“布施と反省は天国へのパスポート”というキャッチを掲げるこちらの書類は、当時収益構造の再建に向けて、信者に対して新たに布施という概念を教化すべく、教団が布施の種類の定義した資料です。一口1,000円からの布施や、行事の際の布施、さらに大口の布施と、事あるごとの布施の分類から、集金方法についても細かく定められています。

特別布施1
特別布施2

宗教法人格を取得する以前は、会費や書籍、また講習や講演会等の行事収入等で運営していたのが、宗教化してからは、会費を廃止した代わりに「植福」と名付けた布施を推進するモデルに急激にシフトしていき、大伝道や売名失策に対する穴埋めの必要も合わさって、その収奪は当初から熾烈なものとなりました。

ミラクル献金実績表
「ミラクル献金実績表」1991年7月2日 活動推進局 資金推進部

教団は、植福(布施)の金額に定めはないと吹聴します。千眼美子もそう嘯きました。しかし、それぞれに奉納目安という定価は確実に存在し、各地方本部ごとに「必達目標」というノルマが配分されているのが偽らざる事実です。

ミラクル献金必達目標

植福の勧進には、「天の蔵に富を積む」というフレーズも刷り込まれました。高額の植福者になると、会内で「大黒天」とか「植福菩薩」などと認定され、講演会等では一般信者と隔てられた特別席になったり、特別の企画に招待されるなどステータスが上がり、それは植福によって宗教的ステージが上がるというアピールでもありました。

大伝道の時期は、献本用にと自腹で大量購入する人などを、伝道のままならない人、場合によっては伝道から逃げ腰の人と見る風潮すらあり、常軌を逸した目標達成に向けたなりふり構わぬキャンペーンの渦中で、逆に短期間に一人で100人以上も伝道する人を「獅子奮迅菩薩」などといって教団あげて持てはやしておきながら、伝道報告数と入金カウントに著しい差異が表面化すると、その責任を全て獅子奮迅菩薩だけに押し付けて、その方たちを置き去りにしたまま、今度はお金だけ出してくれる人で大歓迎と宗旨替えしたわけです。

まさに、幸福の科学の沙汰もカネ次第
今日の教団の破廉恥ぶりを見ていれば、幼児的万能感で薄っぺらい自我を支えるだけの現実検討力のない教祖や、その劣化コピーである信者にも、反省など無理な相談ですが、カネがあればキチガイも教祖でいられるのですから必死でしょう。

ミラクル献金(ミラクル資金推進)は、92年初めまでにあらかた目標を達成しましたが、収奪はこれで終わることなく、むしろこれを機に次々と、手を変え品を変え今なお繰り返されていきます。

貧乏出の成金が好むような品のない幸福の科学の金ピカ趣味は、叡智の光でなくカネの光を求めるマモン信仰の象徴です。富の収奪に飽くなき教団への植福など、今の人生を破綻させ、貴方を大川隆法のディストピアへと誘う片道旅券なのです。

プロフィール

アルゴラブ

Author:アルゴラブ
日本脱カルト協会
「JSCPR」会員

当ブログへようこそ。
私もペンとネットの力を信じ、「幸福の科学」を手掛かりに、カルトの問題について考えていきます。
脱会を迷われる方は、下記の記事カテゴリSuggestion の「脱会に必要なもの」をご覧ください。

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